お道と臨床と~心づくりのたね~

お道(天理教)と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.日記風なこともわりとあります.

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叔父の五十日祭 

12/8に叔父の五十日祭がありました.長男と会長と大叔母を車に乗せて私も参列してきました.

早いものでもう五十日,普段会うわけではないので未だ実感がないままその日を迎えたという感じでした.納骨もありましたが,叔父が力を尽くして昨年霊園に作ったばかりの立派な納骨堂に早速自分が入るとは夢にも思わなかったことでしょう.お清めでは娘の旦那が叔父の生前の写真を抜粋して作ったスライドショーの上映があり,私はちょうど長男がうんちをしてしまって子ども時代を見れずにとても残念だったのですが,懐かしい写真があり,感動の渦でした.私の結婚式に父の代わりに父の写真を抱いて前に出てくれたときの写真もありました.

やっぱり叔父が出直したなんて信じられないです.どこからか姿を現しいつものように私の質問に答えてくれる,そんな気がしてなりません.そう言えば,数日前に叔父が夢に出てきました.場面はうちの教会だったように思いますが,やはりいつものように私が叔父に何か質問をしてそのやり方を叔父が教えてくれるというものでした.起きてすぐは何に答えてくれたのかも覚えていましたが,その日の昼には忘れてしまいました.ただ,叔父の姿をまた見ることができたのはよかったです.
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いとこの結婚式 

昨日はいとこの結婚式がありました。父の姉の次男で私と同級ですが、1000km離れたところに住んでいたため、私が彼に会ったのは天高の入試が初めてでした。大学までずっと野球わやっていて、卒後は整体を志し今では天理本通りの「かわばた接骨院」の院長です。皆さん是非施術にご利用ください。

さて、私は前日が大祭でしたので教祖殿の式は間に合わず、披露宴から参加しました。高校大学と分野は違いましたが私もいとこも天理高校、天理大学で同級なので懐かしい顔ぶれが何人かいました。天下一品でバイトしてた人が何気に私を含めて4人もいました。私は余興のサブとして新郎の兄弟やいとこたちと一緒に余興に出ました。長男のために作ったガンダムのビームサーベル、シールド、ブレードアンテナを着け、白いシャツに白い股引き、青いTシャツ、マスクをつけ、ガンダムを意識した格好で出撃しました。披露宴をいくつか出ておりますが余興を兄弟がやるということはめったにありません。たいていは友人に頼んでる方が多いと思います。それだけこの兄弟は仲がいいのです。さすがです。あっという間に時間が過ぎてしまった披露宴でしたのでそれだけ楽しかったということだと思います。新郎は結構酔いが回ってるようでしたが幸せそうで本当によかったです。

父が生きていれば私はこんなにいとこの披露宴には出ていないと思うのですが、お陰様で3人目です。あと5回くらいある予定ですのでちゃんと父の代わりに見届けたいと思います。叔父の長男も叔父の代わりにと来てましたので彼も私と同じ役割を果たしていくことになります。

叔父の出直し 

19日の夕方,突然叔母から泣きながら電話があり,言葉にならなかったようですぐ次男に代わって次男より訃報を受けたのですが,あまりに突然のことでびっくりしました.まったく信じることができなかったです.来年の正月で父の出直しよりちょうど10年,この10年間分からないことなどを色々教えてくれた父の弟の叔父がこんなに早く出直そうとは夢にも思いませんでした.お酒の好きな叔父でしたが,父の分までなんだかんだ生きてくれるのだろうと思っていたのですが,親神様の思いは私が計れるほど単純なものではなかったようです.父は年祭に向けての三年千日の諭達が出た後で,叔父は諭達が出る間近,何か親神様の思いがあるのだろうと思いました.

すぐにでも駆けつけたかったですが,うちの教会も諸事情あり,とても夜分に外出できる状況ではなく,翌20日,仕事を4日間休む段取りをとって会長と共に弔問に行きました.叔父にはたくさんお世話になったので,できる限り葬儀が終わるまでは協力したいという思いがありました.養子にいっても毎月のうちの月次祭は欠かさず大学院時代は居候させてもらいましたし,父が出直してからも色々力になってくれましたからね.

娘たちは疲れた顔をしていましたが無理もありません.長男,次男は気丈に振舞っていたように思います.遺体が昼頃に到着し,出直したことを認識せざるを得ませんでしたが,それでもやはり信じられないという感覚が残りました.

21日は叔父の教会の大祭でしたので,大祭の準備や22,23日のみたまうつし,告別式の段取りなどを手伝ってこの日は帰りました.大祭どうするのだろう?という考えも浮かびましたが,叔母は「お父さん(叔父)に怒られるから直会もしっかりやって皆さんにお酒を振る舞う」と言ってました.

21日は会長と2人で参拝.出直しの悲しみもありながらですが,感謝の思いを持って皆で勇んで大祭をつとめさせていただいたと思います.50人分の弁当を作っていたのに全然数が足らないというたくさんの参拝者があったようです.この日も帰りました.

22日,お昼より家族で着きまして準備.伯母とも会いました.私の父に続き,叔父と,弟を2人亡くした伯母の心中もさぞ悲しかったことと思います.3時半納棺,叔父が棺に入りました.家族・兄弟以外の代表として私は叔父の体を拭かせていただきました.お世話になりました,ありがとうございました,という思いでいっぱいでした.夕方5時半よりみたまうつし.500人だか600人近い会葬者があったそうです.現役の会長で,現支部長,災救隊副隊長(?)と道の上にもまだまだ働き盛りで,地域にあってはかつてはPTA会長をつとめ,現在は民生委員もしていましたから,色々なところでのつながりがあったのだと思います.数ではありませんが,出直しのときに多くの人に惜しまれるというのは残された家族としてはそれだけ多くの人に心に何かの時には思い出してもらえるということでありがたいものだろうと思います.少なくとも私はそう思いました.

23日,11時半より告別式.叔父の身体とお別れのときでもあります.近親者の出棺は何度経験してもつらく悲しいものです.亡くなったこと自体で悲しいのに周りの人の悲しむ姿を見て自分もさらに悲しくなり,その悲しみがまた周囲の悲しみを呼ぶのだと思います.私の居住地では火葬場で焼いた後,そのまま人の形をした遺骨と対面するのですが,都会だと火葬場の忙しさが違うのか,火葬場で焼かれた後はすでに小さなスペースにまとめられた骨との対面で,地域性というのを感じました.教会に戻ってからは十日祭,お清めと続き,夕方6時頃に教会を出発しました.

長かったような気もするし,あっという間だったような気もする4日間でしたが,こうして教会に戻ってくると,普段会う人ではないので,やはり出直してもういないだなんてあまり実感がありません.何か困ったときに電話をすれば,「おう,どうした?」といつものように私の質問に答えてくれる,そんな気がしてなりません.

享年56才,息子2人はまだ独身ですが,娘2人が早くに結婚し,当時は複雑な思いもあったでしょうが,今思えばそれも先回りしての親神様のご守護だったのでしょう.4人の孫の顔を見て,初孫はもう5年生です.56才であれば,まだ孫の顔を見ない方はたくさんいますし,49才で出直した私の父(叔父の兄)は孫は見ておりません.そんな叔父は幸せだったろうなと思います.どんな中にあっても,神様からの温かいご守護は注がれているわけで,それに「気づき」「感謝」して今を歩むのがこの道の信仰,そして人間本来の在り方と思いますので,私も叔父が出直した悲しみはあれど,ここまで身体を貸してくださった親神様の親心には感謝しないといけないと思いました.

しかし,父といい,叔父といい,何のメッセージも残さずに逝くのはズルいなと思います.周りの人―特に家族はどんな思いだったのか,何をこれからやりたかったのか,家族に何を伝えたかったのか,何を残したかったのか,どう育ってほしかったのか,などなど色々知りたいんです.10年経とうとする今でも私は知りたいと思いますからね...

ちなみに,私たち家族はこの10年で父,祖母,祖父,叔父と4人送り出したことになります.多すぎです.


関連記事になります.

鯉太郎教会へ 

週末に「鯉太郎の 心 ころころ」の鯉太郎さんの教会を訪ねてまいりました.かねてより練習用の太鼓とすりがねをいただけるとのありがたいお言葉をいただいてましたので,ちょうど嫁さんの友人の結婚式で軽井沢に行く機会があったので,お忙しい中都合をつけていただいたのです.2年近く前にも従妹の結婚式が軽井沢であり,その時に一度軽井沢まで迎えに来ていただいて一泊させていただいてますので今回が2度目の参拝になります.

教会に到着すると2階の窓から「我が信州へようこそ!」との懐かしい声が.この熱い言葉に,地元信州の大地に対する誇りを感じたのは私だけではなかったと思います.

奥様には初めてお会いしましたが穏やかな方でした.(予想以上にお若く見えたのではじめ信者さんかご親戚の方かと思いました.今思うと,末っ子の大悟くんと目元がよく似てましたね.)前会長さんが7月に出直しておられ,それについて綴った教会報も頂戴しました.この道の上に,また民生委員や社協など地元社会の上にも貢献された素晴らしい方であったことを読んで思いました.楽しい話としては,鯉太郎さんの弟さん(「たいすけの寝床」のたいすけさん)が電撃ガンプラ王で2位に入賞したとのお話もうかがい,ガンダム好きの私としては興味津々に聞かせていただきました.以前ブログで制作記事を読んですごいなぁとは思っていたのですが,やはりエース級だったのですね.

長男は初め恥ずかしがっておとなしかったのですが,夜店にあるようなヨーヨーのビーチボール大の大きなものを鯉太郎さんにもらい,だんだん慣れてくると鯉太郎さんとかなり笑って遊んでくれました.ちょうど2年前にうちの教会の月次祭に参拝に来られたときにはまだ3ヶ月で首も座っていなかった長男でしたが,成長した姿を見せることができてよかったです.帰る際には教会脇にある畑で採れたてのきゅうりやトマトを,またうちの会長にということで信州そばまでいただきまして,本当にありがたかったです.きゅうりは今日のご神餞物として神様にお供えさせていただいてます.

1時間ほどの滞在でしたが,とても充実した時間でした.鯉太郎さん,ありがとうございました.太鼓とすりがねは大切に使わせていただきます.次回来られるときにはお披露目できるよう長男によく教えておきますので楽しみにしていてください!

鯉太郎教会へ 

従妹の結婚式の日,夜は「鯉太郎の 心 ころころ」の鯉太郎さんの教会にお世話になりました.

9月の月次祭に突然鯉太郎さんにご参拝いただき,私もそのうちお礼参りにうかがいたいと思っていましたが,意外とその機会は早くにやって来ました.式場まで迎えにきていただき,途中でお風呂に入って,その後教会で12時近くまで色々お話させていただきました.奥様がちょうどおぢば帰りをしていていらっしゃらなかったのが残念でしたが,普段は10時にはお休みになる鯉太郎さんに12時近くまでお付き合いいただきありがたかったです.

長女さんは天理大学在学中なのでいませんでしたが,3人のお子さんがわざわざ居間まで降りてきてきちんと挨拶してくれました.息子二人は一緒にそばも食べました.末っ子がかわいいのなんのって.うちの長男も話すようになったらもっと楽しいんだろうなと思いました.

ぐっすりと休ませていただき,翌朝おいしい朝食をいただき,鯉太郎家自家製味噌と信州のりんごをお土産にちょうだいして,また従妹の結婚式場近くまで送っていただいて,本当にお世話になったひとときでした.またいつかあいこと長男,そしてできれば会長も連れてまた鯉太郎さんの教会にお参りに行きたいと思います.楽しかったです.

柿谷貞洋の雅楽コンサート 


高校時代の雅楽狂いの友人,柿谷貞洋君が雅楽コンサートをやるそうです.
うーん,是非聞きたいのですが,ニューヨークはちょっと無理です.
しかも12月17日は当教会の月次祭ですのでますます無理ですね.
龍笛って≪DRAGON FLUTE≫って言うんですね・・・知らなかったです.

彼のブログに詳しいことが書いてますのでどうぞ.
GAGAKU RYUTEKI CONCERT BY SADAHIRO KAKITANI 雅楽 龍笛(風音 綴り~From NY)

関連記事になります.
~風音 綴り~(当ブログ内記事)

張さんとの出会い 

先日の三日講習の初日,隣の班に見知った顔を見つけました.

「あ,張さんだ」と私は思いました.天理大学入学後,最初に住んでいた緑風荘というアパートに住んでいた方です.台所,トイレなど共同だったので多少お話したこともありました.私が最初に携帯電話を契約した大一電化で張さんがアルバイトしているのを見かけたこともありました.私は4ヶ月ほどでそのアパートを出てしまったのですが,翌年天理大学に入学されて,学内で挨拶を交わしたこともありました.・・・ってよくよく考えると,特に親しかったわけでもないのですね.しかし,張さんの穏やかで優しい表情はとても印象に残っていたので話しかけたわけです.

三日講習の間に何度か張さんとお話する機会があり,あいこと一緒に感動しました.相変わらず表情から優しさがにじみ出ている穏やかな方でした.日本語も上手で普通に話してもすべて通じます.学生時代から日本の弁論大会で18回も優勝しているとのことでしたので,上手いのも納得です.先日,12日22:00~23:30までのNHK教育テレビで十数人の外国人弁論者の紹介があったのですが,それに張さんも出てたんです.本当は放送前に記事を書きたかったのですが,時間がとれず後になってしまいました.私はバッチリ録画してますが.

張さん(張福龍さん)は,母の看病で学校に行けなかったため,独学で小中高の卒業資格をとり,さらに南京でゴミ拾いをしながら学費や生計にして日本語を勉強したそうです.その後,日本語を学ぶために日本へやってきて天理大学卒業後,日本に残り,日本と中国のかけはしとなるため,会社を2つ,日本語学校を2つ設立したそうで,それがまず驚きでした.(張さんの生い立ちについてはこちらを見てください.)さらに驚愕したのは,この7年で60人の別席者をいただいたそうです.数ではありませんが,すごい数です.お道に対する熱意なくしてはできません.今の自分の言葉ではどうにも中国の方にお道を説明しきれないと思い,この度三日講習に来られたということでした.そもそも,張さんは日本にやってきて天理大学に入学してからお道を知ったそうで,お道がなかったら今の自分や家族はないと言っていました.やっぱりお道は素晴らしいなぁ,世界共通の教えだなぁと改めて思いました.

また,私の教会の隣町に知人がいるそうで,年に2回は来るとのことでした.是非うちの教会にも遊びに来てくださいと言って,連絡先を交換させていただきました.人と人の縁は本当に不思議なもので,親神様が引き合わせてくださるものです.張さんと出逢うことで気付くべきことがあったのだと思います.大学時代,奨学金とバイトで生計を立て両親から経済的援助を得ずにやってきたことを,いい人生経験だったと多少なりとも自負していた自分がとても恥ずかしく思えました.本当に張さんの苦労と比べれば,私はどれだけ恵まれ,どれだけ勉学に対して真剣でなかったことか.飲んで遊んだ大学生活・・・.己の愚かさと慢心を痛感しました.お道に対してももっともっと真剣に通らせていただかなければと改めて思いました.

家に帰ってからも「張福龍」で検索して色々と張さんのことを知りました.ブログに書くことは張さんの了解済みです.そんな張さんがいつか教会に遊びに来てくれる日を楽しみにしています.これからも日中のかけはしとして頑張ってください.道につながる教友として陰ながら応援させていただきます.


張さんが校長をつとめる学校です.中国語・韓国語を学ばれる方はオススメです.
かけはし国際日本語学院
儀征市福龍日本語教育センター

張さんの弁論要旨です.短いのですぐ読めます.いい話です.
「日本の桜を中国の故郷(ふるさと)に」
「母が幸せになる為」

友人の生活(布教の家) 

布教の家にいる友人に1日の生活を聞いてみました.

朝5時前に起床、ひのきしん、掃除。

7時あさづとめ、その後軽くひのきしん、朝食。
9時にお願いづとめしてにおいがけに出発。
昼飯抜いて4時30分帰寮。帰寮次第軽くひのきしんしてその後ミーティングか神名流し、路傍講演。

6時夕づとめ。夕食。

その後ミーティングをしてお願いづとめをしたり勉強したりゆっくりしたりで10時消灯。

簡単に言うとこんな感じのようです.私には到底できない生活です.すごいです.
1年後友人に会うのが楽しみです.(会えるかわかりませんが)

友人の結婚 

明日は高校時代の友人の結婚式です.教祖殿で執り行われるとのことです.

彼女とは高校時代は天理高校の雅楽班で一緒でした.共に鳳笙を学びました.縁があって大学でも共に臨床心理を専攻し,卒業後はあまり会っていませんが,なんだかんだで10年来の友人です.学生の頃には色々と世話になりましたし,私もお世話させていただきました(?).そんな彼女が,いよいよ明日結婚というすばらしいご縁をいただくことは私にとっても嬉しい限りです.

彼女というと3年前の夏頃の電話を思い出します.彼女は当時,修養科を終えて教会へ戻り,今までやっていた仕事へ戻っていたのですが,そのとき結婚についての話もしまして,相手にも信仰を求めるかどうか訊くと,彼女は「そうでないと私が無理と思う.それに天理教を信仰してもいいというくらい私のこと好きになってくれる人じゃないと」と言いました.(このあたりは「引き受ける心」に書いています.)そして,その言葉通りちゃんと信仰のある方とめぐり合わせいただいたようで,本当によかったと思います.

実家の教会から1000kmくらい離れているところに嫁ぐのですが,親神様よりお引き合わせいただいたご縁だと思いますので,どうか明るく陽気な家庭を築いていってほしいと思います.明日の二次会には参加できませんが,遠方より幸せを願っています.おめでとうございます.


関連記事になります.
引き受ける心
共に苦労を
飾らない心で
老いては目となり杖となり
親神に引き合わせられし縁

~風音 綴り~ 

高校時代の友人がブログを始めました.「~風音 綴り~」です.
彼は私と雅楽で出逢ったのですが,思えば彼は高校時代から雅楽狂いでした.私も高校時代はわりと雅楽に夢中になったものですが,それでも彼の熱意には遠く及びませんでした.天理大学入学後,雅楽部に入るという経緯までは同じでしたが,私はバイトと遊びに多くの時間を費やし,彼は雅楽に多くの時間を費やしました.

卒業後も寺の住職のもとに雅楽の修行に弟子入りしたり,カルチャースクールで雅楽を教えたり,色々熱意をもって活動していたようです.あまり詳しくは知りませんが.いつの頃からか私は,自分が結婚するときには彼に雅楽を頼みたいと密かに思うようになり,昨年5月には龍笛一管で私とあいこの結婚式を飾ってくれました.龍笛の腕は一流です.今後の彼の活躍が楽しみです.彼の雅楽狂いは学生の頃の私の想像を遥かに超えているので,きっとこの先世界に雅楽を広げてくれるのではないかと期待しています.


さて,関連記事として私の雅楽関連の記事を以下にまとめておきます.
父と雅楽と私
私と雅楽

友人が布教の家に・・・ 

この4月から高校の友人(T)が布教の家に行くそうです.
たくましすぎです.そして,まぶしすぎです.

私とあいこもリーフレット配りをはじめてちょうど1年経ちました.近所に配るのはもう慣れたので,会えば直接手渡しすることもなんてことありませんが,未開の地ではまだ少し躊躇することもありながら配っている感じです.お道の話をする機会はまだありませんし,うまくできる自信もありません.

しかし,1年前まで何もしてなかったのが,リーフレット配りは継続的にできるようになったのだから,この先も少しずつ何かしらできるようになっていくのではないかと楽観しています.それが教会報だったり,子ども行事だったりするのかもしれませんし,まだ見ぬ道があるのかもしれません.友人は友人にできる形でやっているのだから,私は私にできる形でこのお道の信仰と実践をさせていただきたいです.

友人の結婚決まる 

先日,私の高校からの友人から結婚が決まったと報告がありました.
彼女は福岡の教会の娘さんなのですが,縁あって関東の教会に嫁いでくるとのことでした.
私は近くに友人がほんどいませんので,すごく嬉しいです.

結婚式の2次会にも誘ってもらったのですが,都合がつかず残念ながら参加できません.しかし,友人の幸せを心から祝福したいと思います.5月30日でしたかね,たしか.
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