お道と臨床と~心づくりのたね~

お道(天理教)と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.日記風なこともわりとあります.

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ここ数日の口癖 

ここ数日頻回に口ずさんでいるCMがあります.最近,通勤中にラジオを聞くようになりまして,よく耳にするんです.
引越しをしよう タダでもらった住宅情報タウンズで
タダでもらった タダでもらった 住宅情報タウンズで
声が気に入ったのだと思いますが,今日は職場で軽く20回は唄いました.しばらくマイブームとなるかもしれません.

こちらでCMが見れます.15秒短編です.
http://210.188.234.149/recruit/media_win/towns/towns_3.html


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喫茶店 

今日はデイケアの喫茶店がありました.
私もお手伝いとして1日参加しました.病棟の患者さんや職員がデイケアに食べにきました.閉鎖病棟の患者さんなどは病棟の外に出る機会がなかなかありませんし,病院食以外のものを食べられる貴重な機会ですので楽しみにしている人も多いのではないかと思います.
詳しいことはあまり書けませんが,エプロンを着て頭に布を被り,ドリンク作りを頑張った1日でした.明日はまた通常業務です.


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心の豊かさ―喜びの心(その2) 

未読の方は以下を閲覧ください.
幸福の秘訣
心の豊かさ―喜びの心(その1)

人間が便利さと豊かさを追求したからこそ,文明がここまで発展してきた,それは確かな事実です.ですから便利さ・豊かさを求めること,今よりも楽な生活をしたいと思うことが悪いことだと言っているわけではありません.こうした向上心は人生において必要なことですし,それはその人の魅力につながる部分でもあるかもしれないからです.ただ物質的な豊かさを求める余り,失っていく慎ましさと心の豊かさもあるということを心に留めておくことは,決して人生においてマイナスになることではないと思います.要は豊かになっていくことと引き換えにこれらを失わないようにすればいいのです.しかし,人間は浅はかですから,これらを忘れていきます.私はそうした人を知っていますし,それは私とて例外ではありません.

ですから,そうした心を自分自身が失わないようしたいですし,将来結婚して子どもが授かったら,子どもたちにも教えていきたいので,私は常に豊かな生活であり続けるよりも,貧しさあるいは慎ましさの中で子どもを育てていきたいと思っています.そしてその暮らしの中で喜びを見つけていくことができる,そんな子供たちに育ってほしいと思っています.

そうした環境に置かれればやはり対極に位置する子供たちと比べて小さなことでも喜べる心が育つでしょうから,それは心の成長になりますし,何より辛抱することを覚えます.最近の子どもたちの中には飽食の時代に育っていることもあり,辛抱することを知らない子らがいます.欲求不満耐性が低いのです.今ある中で喜べないのです.それはキレる子どもが増えている一因でもあります.

また,小さなことで喜べる心が育っていると彼らに何かしてあげる大人も「こんなに喜んでくれるのならしてあげた甲斐があった」と心を明るくするでしょうし,彼らが大人になったとき,自分が通ってきた道を話の種に後世にその大切さを伝えていくこともできます.本人だけでなく,周囲をも陽気にさせる力を彼らは生きていく中に培っていくことができるのではないかと思います.そして,それは本人が意識してその心を忘れないように自覚していれば成人後も続いていくことかと思います.

そんなにうまく育つはずがない,貧しいと心まで貧しくなると考える方もいるかもしれませんが,決してそうではありません.それは経済的貧しさを心の貧しさであるとイコールで捉えてしまっている思い込みがあるからかもしれませんし,貧しいことを恥ずかしいと思っているからかもしれません.そして何より貧しいことを不足に思う中に,光るモノ―小さなことでも喜べる心―を忘れているからではないかと思います.親が今ある中を喜んで通る心を失わないこと,それが子どもの心を豊かにするコツです.子はよくも悪くも親の背中をみて育つものです(関連記事;親の背中).

親神様は私たちにどんなことでも喜べる心を教えてくださっています.世界では食べ物を山ほど積んでいても,水も喉を通さないで苦しんでいる人もいます.それを思えば水を飲めば水の味がするということも喜びに値するのです.今あるものを親神様が結構にお与え下されていると思うならば,当たり前の中にも実は感謝すべきことはたくさんあるのです.たとえ貧しさがあったにしろ,今ある中を不足する前に,それでも今あるものを見つけて喜べることを探してみませんか?その中に小さなこと,当たり前のことを喜べる心―心の豊かさを育てていくことができると思います.


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心の豊かさ―喜びの心(その1) 

未読の方は以下を閲覧ください.
幸福の秘訣

旧ブログからの転載になりますので,半年ほど前の話です.

電車の中で母親と子ども3人が横一列に座っているのをみました.子供たちはわいわいしながら,ときには言い合いもして,お母さんは「静かにしなさい」と子どもたちを見張っています.私はそれを頑張ってるなぁお母さんと思いながら眺めていました.

子どもたちはお昼の話をしていまして,お母さんはマックの割引券を広げています.「お昼マック?」と子どもが訊くと,お母さんは「マックはいかないよ」と言い,子どもは「何でマックじゃないの~!!」と言います.その後,私は電車を降りてしまったので結局,どうなったのかはわかりません.子どもたちに負けてマックに行くのかもしれませんし,あるいはもっと高いものを食べるのかもしれません.あるいはもっと安いもので済ますのかもしれませんし,家に帰ってからお母さんのご飯を食べるのかもしれません.

大抵の家庭では,こうしたことは起こりうると思います.まだまだ景気がいいとは言えませんし,育児に費用がかかり,経済的には楽でない家庭も多いと思います.しかし,ここで気付いてほしいことがあります.決して楽ではない慎ましい生活をしてきているからこそ,育っていく心の豊かさがあるということを.

それは小さなことを大きな喜びに変える力です.相対的に考えると明らかなのですが,経済的に裕福でしょっちゅう外食をしたり,旅行をしたり,娯楽施設に出かけたりする家庭の子どもが果たしてマックで歓喜の声をあげるでしょうか?おそらく先ほどの話に置き換えると「何でマックなの!?」とむしろ憤慨の声をあげるのではないでしょうか.反対に,普段外食など全くできない家庭の子どもたちはマックで満面の笑みと歓喜の声をあげ,両親に感謝の念さえ抱くでしょう.

このように同じ出来事でも,それに出くわした人がこれまでにどんな生き方をしてきたかで,喜びも大きく変わります.小さなこと(私はマックは決して小さなこととは思いませんが)をより大きく感じることができる,それは心の豊かさであると思います.そして,こうした豊かさを育てていくことが,親の役割であると思います.

高い経済水準で機能していますが,そのため小さなことでは喜べない家庭,決して高くはない水準ですが,そのため小さなことでも喜べる家庭.あなたはどちらが幸せな家庭であると思いますか?

続きはまた明日.


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幸福の秘訣 

今日,先日会長がおぢば帰りした際に買ってきたパンフレットを見ていたら,その中に「〝ありがたい,もったいない〟が幸福の秘訣」というとてもいい話がありましたので,ここに引用したいと思います.
いつも昼食に1000円のラーメンを食べている3代目社長がいるとします.社員は300円のラーメンです.
普通に考えれば,社長のほうがおいしいものを食べているから,社員より幸せだということになるでしょう.しかし心の世界で見てみると,どうでしょうか.
この社長に800円のラーメンを出したら,「これはまずいではないか」と言うでしょう.500円なら,「こんなものが食えるか」と腹を立てるかもしれません.1000円が当たり前ですから,それ以上に高いラーメンでなければ,「これはうまい」と喜ぶことはないでしょう.
一方,いつも300円のラーメンを食べている社員は,500円のラーメンを「おいしい,おいしい」と言って食べるでしょうし,1000円のラーメンなら飛び上がって喜ぶはずです.つまり,この社員のほうが,社長よりも広くて大きい喜びの世界を持っていると言えるのではないでしょうか.
しかも,この社員が努力に努力を重ねて,やがて1000円のラーメンを食べられるようになったとしても,下積みの時代を知っていますから,〝ありがたい〟とか〝もったいない〟と思い,1000円で当たり前などという心になることはないはずです.たまに300円のラーメンを食べても,昔を懐かしんで,おいしく頂くことができるでしょう.
(岩井孝一郎著『天理教の信仰』天理教道友社刊から)

旧ブログに書いた「心の豊かさ―喜びの心」にも通じることです.(この記事に関しては後日当ブログにアップします)
人生を歩んでいく中でより喜ぶ機会があり,その喜びによって他人を喜ばすことができるのは,300円のラーメンを食べる社員の方だろうなぁと私は思います.私も今の暮らしにあぐらをかくことなく,小さなことから喜びを見つける心を忘れずにいたいと思います.もちろん,それは私の代で終わることなく,後の代にも伝えていきたいと思います.いい話に出逢えました.


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必殺技 

先日お昼休みに趣味の話をしていたときに「必殺技」の話にもなりました.(なりましたというよりは私が勝手につぶやいていたという感じですが.)

必殺技は格闘技やゲームに馴染みのない方はあまり聞いたことのない言葉かもしれませんが,「必殺」とはyahoo辞書によると『相手を必ず殺すこと.また,そのような意気込み』とあります.一方「技」は『ある物事を行うための一定の方法や手段.技術.技芸』とあります.両方を合わせて定義づけると「必殺技」とは『相手を必ず殺す,あるいは殺すという意気込みをもって行う一定の手段ないしは方法』とでも言えるかと思います.

となると,現実世界で絶対に放ってはいけないことです.漫画や映画,ゲームなど非現実世界だからこそなせる業ということです.その区別がつかない子どもも増えていることと思います.いつだか聞いたニュースによると,小学生の3割くらいが「死んでも生き返る」と思っているようで,驚くべき事実です.メディアやゲームの影響かと思いますが,親や社会が命の意味や大切さを伝え損なっていることの証だと思います.とにかく必殺技を人に対して使ってはいけません.もちろん,動物も命ある生物なので動物に対してもいけないのですが,どうしても使わざるを得ない相手もいると思います.人ないしは人の暮らしに害となるもの,たとえばゴキブリやシロアリのような存在ですね.(命の尊さに差はないと言われると反論しにくいので突っ込まないでください.)

話がそれましたが,字義通りに捉えるのならば,実は大抵の人は何らかの「必殺技」を使ったことがあるように思います.たとえば,台所でゴキブリを見つけて駆除してやろうと「スリッパを振り下ろした」としたら,あるいは「熱湯を浴びせた」としたら,それは「ゴキブリを必ず殺してやろうという意気込みのもとで放たれた,スリッパを手に取り,腕を振り上げて,直撃させるという一定の手段」なので「必殺技」なのです.熱湯かけも同様です.そう考えると主婦の皆さんはけっこう必殺技をお持ちではないですか?

ですから,「必殺技をお持ちですか?」と聞かれたら(←聞かれないか・・・),是非技の名前を披露してやってください.もちろん自分で名付け親になって構わないと思います.ただ勘違いしないでほしいのは「必殺技」は必ずしも「特技」ではないということです.「特技」とはyahoo辞書によると『特別の技能』とあります.つまり,皆と同じやり方であるならば,それは何ら特別ではないので,特技とは言えないわけです.「特技は何ですか?」と聞かれて「必殺スリッパ打ち」ですと答えないように気をつけてください.スリッパ打ちは必殺技にはなり得ますが,特技にはなりえません.

くだらない話ですいませんです.


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おやさまが現身をお隠しになられた日 

教祖は,現身の寿命を二十五年縮めて,姿をかくされたが,魂は永久に元のやしきに留り,存命のまま,一れつ子供の成人を守護されている.
「天理教教典」第5章より引用
神殿明治20年正月26日(陰暦),おやさまが現身をお隠しになられた日にちなんで,毎年1月26日には春季大祭が天理でつとめられます.多くの方がおぢばに集ったことと思います.うちの教会からは会長が帰参しています.信者さん3名も行っています.うち一人は35年ぶりだそうです.ありがたいことです.

私はお留守番です.3年前の調査の責任を果たすべく論文を書いてました.参拝者および電話はありませんでした.

おやさまは出直されたのではなく,身体をお返しになられただけで,存命のまま私たちを守ってくださっていると教えられています.天理教の教会の神殿には3つお社があるかと思いますが,右側がおやさまのお社です.この写真だと太鼓で隠れて見えませんね・・・.おやさま存命の理については詳しくないので書けません.いつか書けるように勉強したいと思います.


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世代間連鎖の根を切る 

関連記事になりますので未読の方はまず以下を閲覧下さい.
虐待について(その1)虐待の分類
虐待について(その2)虐待にかかわるとき
虐待について(その3)虐待への対応

これまで何回かに分けて話をしてきた虐待は世代間連鎖する現象のひとつです.世代間連鎖とは親から子へと世代間に不思議と引き継がれていく様々な事情のことです.虐待,離婚,アルコール問題などは世代間連鎖することで有名です.不思議なもので親が通った道を子どもも通るのです.虐待で言えば,虐待されて育った人,あるいはそれに準ずる親の愛情を目一杯受けないで育った人などが,自分が親となったときに,自分の子どもにやはり同じような思いをさせてしまうという傾向があるようです.子どもを授かりたくても授からない人もいる中で,せっかく親神様から授かった子を,命を,大切に精一杯の愛情を込めて育てられない人がいることは哀しいことです.しかし,その人自身も親からそう育てられなかったのでしょうから,虐待者となる親も被虐待者となる子ども同様その哀しさを通ってきているのでしょう.

自分も通った道でありながら,子どもにもまた同じような道を通らせてしまう・・・よい道ならいいのですが,よくない道はできれば避けたいものです.それを避ける道,身上・事情の根を切る道,それがお道の信仰であると私は聞かされています.ですから,信仰により世代間連鎖の根を切ることは可能であると私は思います.

人間は互いに助け合って陽気にくらすために生かされています.人救けとなるよい種を蒔き,よい心遣いをすることによって世代間連鎖は断ち切ることができると私は思うのです.お道が病救けではなく「心救け」の教えであるのは,すべての根本となる「根」と断ち切ることにあるからです.連鎖の根,病の根,難事の根,すべての根は心の持ち方を変えることでよい方向に変わっていきます.どんなことでも感謝して喜び勇んで通れる心,人をたすける心,人のために尽くす喜びの心が身についたなら,物事はよい方向に成っていくと思います.「一粒万倍」,「まいたる種はみなはへる」と教えられているように,小さな種でもそれが実るときが来るのです.

また,神をほうきとして心のほこりを払うようにも教えられています.以前にも書いたかもしれませんが,人間ですから悪いことをしてしまうこともあって当然だと思います.問題はその後の行動です.悪いことしちゃったなぁと落ち込んで終わりなのか,一度やったら何度やっても同じだと悪いことを続けるのか,後の行動をよい行いに変えていくのか.これらの選択をすることは私たちにできるのです.起こってしまったことを変えることはできませんが,その後でその事実をどう受け止め,次にどうしていくかを考えることは可能なのです.そのとき,親神様にこの身体をお借りして生かされていることが心におさまっているのであれば,自ずと自らの生き方は見えてくるでしょう.その通り方を親神様は受け取ってくださることと思います.

これではエビデンスに欠けるでしょうか?確かに科学的根拠はありません.科学的根拠があれば信仰とは言わないでしょう.しかし,信じ続けることで変わってくることもあるのです.人間はそのことを本能的あるいは経験的に知っています.

お道,それは「人をたすけてわが身たすかる」道です.そしてその中に,根が切れる道があるのです.


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タイのお土産 

ナンプラー大学時代の後輩よりお土産をもらいました.仕事で諸外国を飛び回っているらしく,たまにお土産を送ってくれます.ドイツやアメリカのお土産も以前にもらいました.今回は私の大好きなタイのお土産です!!

ナンプラーともう1つは唐辛子系の調味料でしょうか.後輩よ,どうもありがとう!!天理で会った際にはごちそうさせてもらいます.


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そのまんま東もハロー効果を活用!? 

そのまんま東 知事公用車は廃止、服は作業服、椅子はパイプ椅子(asahi.comより)

昨日のニュースですが,これはハロー効果を活用していますよね.華やかさを排除して,作業服やパイプ椅子など庶民の生活観に近づこうとする演出をすることにより,彼の政治的采配のイメージをより市民の生活を考えて行うかのように思わせます.もちろん,実が伴わなければメッキは剥がれますが・・・.

ハロー効果は日常生活のいたるところで見られます.
私もポジティブなハロー効果に助けられて仕事をしています.白衣を着て臨床心理担当ですと名乗れば,なんだか話を丁寧に聞いてくれそうな気がするでしょう.実際どうかは別として…です.


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ハロー効果からお道の人間の在り方を考える 

久しぶりに心理学の視点から綴ります.

付き人にドアを開けてもらって運転手つきの高級車から降りる袴やビシッとしたスーツに身を包んでいる人を見かけたら,その人に対してどのような印象を持つでしょうか?反対に,古い軽自動車を運転し,決して綺麗とは言えない使い古した背広に身を包んでいる人を見かけたら,どのような印象を持つでしょうか?

両者に抱くイメージはもしかすると正反対であるかもしれません.仮に同じ人間がこの2つの役割をこなしたとしても,両者に対して周囲の人達が抱くイメージは異なったものになるかと思います.

それは「ハロー効果」と呼ばれる現象がどのような影響を及ぼすかによります.ある対象を評価する時に,目立った特徴の影響を受けて他の特徴についての評価が歪められる現象の事をそう言います.「後光効果」と言われることもあります.「後光が射す」といったときの背後に指す光のことで,その眩しさのために正しい判断が歪められてしまうわけですね.

先述の例を取り上げますと,前者の場合,実際はそのようなことはなくともその華々しい外見のために,心も派手で高慢な人なのではないかという印象を先入観として与えてしまうかもしれません.そして,その風貌がそのような印象を与えてしまったがために,実は謙虚さをもった人なのにそう見られないということが起こりえます.これがハロー効果です.この場合,派手な出で立ちの影響を受けてその人の人柄が歪められて受け取られてしまったことになります.
反対に後者の場合,その飾り気のない慎ましい外見から,心も飾らない慎ましく世間を低く通っているのではないか(みすぼらしく貧しい心ととられると損ですが…)という印象を先入観として与える可能性があります.そして,実際に接してみてそのように感じるのなら,それは「なるほど.見た目からそう思わしき人であったがやっぱりその通りのお人や」とその印象はより一層はっきりするかもしれません.あるいは,大したことなくとも,ハロー効果でそのような心を持つ人に感じられるかもしれません.

もう少し例をあげてみましょう.弁護士に仕事を依頼するとします.その弁護士が無精ひげを生やしてだらしない格好で依頼主の前に現れたとしたら,その依頼主は不安を覚えるでしょう.「本当にこの人に依頼して大丈夫だろうか?」と.その特徴的な外見がまだ知らぬ彼の仕事の姿勢まで歪めてしまうのです.しかし,反対にきちっとした身なりで(聡明に見えそうな眼鏡をかけ)現れれば「大丈夫だ」と思えるでしょう.
また,最近流行の詐欺も同様です.きちんと会社概要や規約などをしっかり作って,ビシッとしたスーツを着こなした人が対応してくれれば,なんとなく顧客は「この会社なら大丈夫かな」と油断して契約してしまうかもしれません.

実際にどうかはその人と接してみないとわかりませんが,第一印象として抱くのに登場時の外見は意外と重要です.そして,ハロー効果はネガティブにもポジティブにも働きます.

ところで,私たちはお道という素晴らしい教えに出会い,そしてその教えを信じ,低い心で人に喜んでいただくことを心がけて,陽気ぐらし実現のため,人だすけのために,日々を通らせていただいている(つもりな)わけですが,先述した通り,人間の認知にはハロー効果というバイアスがかかることがあります.このバイアスはプラスに働く分にはいいですが,マイナスに働いてしまうと誤解を招く恐れがあります.

できれば,余計なマイナスに働くハロー効果なしに,喜び上手の慎ましい低い心を持った成程の人に受け取られたいものです.そのためにどのようなことを心がければいいのか,それはここでわざわざ言葉にせずとも,皆様各々で理解いただけることかと思います.人は知らず知らずのうちに,原点であるこのことを忘れがちです.もちろん,それは私とて例外ではありません.気をつけたいと思っています.しかし,他人より立てられることに慣れているお立場の方,上から指図することに慣れているお立場の方は,特に,日々そのことを頭に置いておくと,人から余計なバイアスによって歪めて捉えられることがなくなるのかなと私は思います.そして,それはお道のにをいがけの上でも大きく貢献することであると思います.また若輩者が生意気を言っておりますが,大切なことです.


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叔父の教会の大祭 

今日は叔父の教会の大祭に参拝させていただきました.
大学院時代には2年間居候させていただきとてもお世話になった教会なのですが,なかなか休みが合わずに大祭にいけませんでした.今回は日曜日だったので行ってきました.
会長と二人で車で行ったのですが,片道2時間半かかりました.おつとめでは地方をやらせていただきました.帰ると8時半でした.運転でかなり疲れたのでくたくたです.
手抜きで申し訳ありませんが,エネルギー切れにてこれでおしまいにします.お風呂入って寝るであります.明日からまた1週間がんばります.


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最近の事件から 

今,犯罪の報道を多く耳にします.他人であっても絶対にあってはならないことなのですが,それが肉親に対しても行われてしまうということは哀しいことだと思います.もちろん,そこに至るまでには,そのような行動をとらざるを得なかった人生を歩んでしまった本人のつらさがあることと思います.生まれたときからそのような行動を起こす人間として育とうという意図があった人はいません.

皆,人生を陽気に過ごすために命を授かり,生かされてきたわけです.しかし,生育環境や生活環境の恵まれなさから,そのような人格に育たざるを得なかったわけで,もっと早くにその環境ないしは本人に何らかのメスが入っていたら―育児支援,生活支援,居場所の提供,よきモデルの存在,よき理解者の存在,そして生きる喜びを与えうる教えとの出会いなど―と残念に思います.少しでもそのような人が減り,哀しい事件がなくなることを願っています.(願うだけでなく,行動しろよという反証もあると思いますが・・・.)

唐突すぎる記事ですが,最近の事件からそのように思います.


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スーパーヴィジョン 

今日は仕事が終わってから指導(スーパーヴィジョンと言います;以下SV)を受けにいってきました.
5時数分前から帰り支度を始めます.白衣を脱いで,パーカーを着て,裏起毛ジャージを履いて,ダウンジャケットを着て,医局で待機し,5時を回ると医局を出ました.タイムカードを切り,バイクのエンジンをかけて,ネックウォーマー(?)をして,ヘルメットを被り,その上からマフラーをして,手袋をはめ,その上からバイク用の手袋をはめ,発車しました.それでも寒かったです.ギリギリ予定通りの電車に乗り,現地へ向かいました.

2ヶ月ぶりのSVでした.これでいいのかなぁと自分のやり方に疑問を持っていた点などについて色々指導していただきました.それでいいのかと納得できる面もあれば,このままじゃいけないと思う面もあり,とても勉強になりました.そして,またがんばろうという気持ちになって帰りました.帰ると10時でして,先ほど食事を済まし,今こうしてブログを書いているところです.これから筋トレをしてお風呂に入ります.ジョギングはなしです.


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麻雀 

今日は午後メンバーに誘われて麻雀をやりました.(もちろんこれも仕事のうちです.)
前回やったときも圧倒的な強さでねじ伏せたのですが,今日もツモがよく,また大勝しました.「圧倒的じゃないか,我が軍は」と言ってのけたギレン=ザビの気分でした.今年入ってからまだ2回しかやっていませんが,これだけ勝てると嬉しいです.今年は麻雀運のある年なのかもしれません.

そういえば,以前指導してもらっている先生に麻雀を本気で打っているという話をしたら,自分の牌を見てあがることを考えるよりも患者さんがどういう捨て方をするのかなどの行動をよく観察して,患者理解に努めなさいというようなことを言われたのを思い出しました.あれから2年,私は成長していないようです・・・.


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学生との会話 

今日は先月もやったように看護学生に心理テストについての簡単な講義(?)をしました.
私の年齢を言うと学生たちは,そうは見えない,もっと若く見えると言います.思えば以前に来た実習生も講師をしている学校の学生さんも実年齢より若く見えると言う人が多かった気がします.その一方で,私を30代以上に見えたという人もたまにいます.ですが,トータル的には私は実年齢より若く見られることの方が多い気がします.

しかし,それが本心とは限らないと弟たちは言います.弟たちによれば私はどう見ても30代だと言うのです.そのことも学生さんに話をしましたが,そんなことはないと言ってくれました.いい学生さんです.弟たちとの会話ということで2003年5月11日の日記に関連ネタがありましたので引用してみます.
昨日の実習で、同じフロアの実習生に年を聞かれたことろ、実際より若く見えるといわれ、その話を家で弟にしてみた。

「昨日(中略)って言われたぞ」
「ありえねーよ!」
「兄ちゃん、どうみても20代にはみえねーぞ!」
「なんでだよ、けっこう年より下にみられるんだぞ!21とか22くらいに。」
「あんま、かわんねーじゃねーか!」
「僕なんて兄ちゃんと年が3つしか違わないなんて信じられないよ」
「僕だって兄ちゃんと年が1つしか違わないなんて信じられないよ」
「上にみられることもあるけど、けっこう下にみられるんだけどな~。」
「お世辞だよ、お世辞。言った人だってだいぶ下を見積もっていったのに、あんまり違わないんで、やべー、ギリギリだった・・・って冷や汗かいてるよ」
「なにΣ(ノ°▽°)ノ」
といった具合だった。そういえば、「25くらいかと思った」といわれた事もあるし、「あんた野人みたいやな」といわれた事もある。はて?(゜_。)?(。_゜)?果たして俺は老けているのだろうか??そうではないのだろうか??まぁ老け顔のほうが年とってもあんま変わらないっていうし、今更どっちでも大して気にしないのだが。まぁいいや。
3年半前ですから24歳のときですね.会話には長弟と次弟が出てきています.当時は別のホームページでこのような学生らしい日記を書いていたのです.懐かしい・・・.

そんなわけで,私もなかなかどうしてまだまだ若い男の部類に入るのかもしれないとちょっと嬉しくなった1日でした.また学生さんにブログのURLを教えてみましたが,今回は見てくれるでしょうか.前回の学生さんは結局コメントをもらえなかったので,わかりませんが・・・.


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テンプレ変えてみました 

一部のカテゴリー表示においてレイアウトが崩れる事態が生じていましたので,かなり気に入っていたテンプレートだったのですが,意を決して変えてみました.もし見にくくなったなどのコメントがあればまた変更したいと思います.(あるいはより見やすいテンプレを自分で見つけた場合も同様.)


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月次祭 

月次祭今日は月次祭でした.11人でつとめさせていただきました.兄弟は長弟だけです.長弟は一人暮らしなのですが毎月来てくれるので本当に助かっています.

今日は末弟の誕生日だったので,信者さんがケーキを買ってきてくれました.しかし,末弟は仕事で来ていませんでしたので,直会で参拝者に食べてもらいました.本人がいなくとも,本人のおかげで皆に1つ喜びの種をまくことができたのですから末弟も徳人です.私たちも夜いただきました.

そんな月次祭でした.


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月次祭準備 

調餞今日は月次祭前日だったので,仕事帰りにお供え物を買いにいきました.だいたいは14日の日曜日に次弟が買いにいってくれたのですが,足りないものがあったので寄ったのです.

家に帰って食事をとった後で次弟と調餞をしました.月次祭は親神様15台のおやさま,御霊様13台です.隣近所の人がまる大根となんちゃらっていう野菜を神様にとくださったようで,買ったお供え物のいくつかは余ってしまいましたが,こうしてお供えくださった方がいたことはとてもありがたいことでした.

明日は今年最初の月次祭です.喜んでつとめさせていただきます.


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誕生日の喜び方 

父の誕生日を迎えた上から思ったことがありましたので,書きたいと思います.

よく「この歳になるともう誕生日なんて嬉しくないわよ」などという話を聞きますがそれは人生の片方の側面しか見ていないように私は思います.生きたくても生きられず,誕生日を迎えられない人もいる中で,1つ歳を重ねることができるということは,とても素晴らしいことだと私は思います.もちろん,重ねるほど容姿や身体能力のあちこちに衰えは見られます.しかし,それは人が生きてきた証です.形は変われど神様のご守護によって,その日まで生かさせていただいたことは喜びに値することだと思います.

中島みゆきの「傾斜」という曲のサビが私は好きなのですが,以下のように唄っています.

『年をとるのは素敵なことです そうじゃないですか
忘れっぽいのは素敵なことです そうじゃないですか
悲しい記憶の数ばかり 飽和の量より増えたなら
忘れるよりほかないじゃありませんか』

明るい声で唄うので,年をとるのも忘れっぽくなるのも当たり前のことで,その当たり前の中に素敵と感じられる喜びがあるのだろうなぁととても納得できる唄です.後半の歌詞は,一見悲観的なことを唄っているようにも見えますが,実は悲観論ではなく,その忘れっぽさが時には人生の苦難を和らげることにも貢献するということを示唆しているように思えます.そう考えると生き方上手ですよね.
『年をとると老いてきて忘れっぽくもなるけれども,その忘れっぽさを活かして,悲しかったことやつらかったことは忘れてしまって,当たり前なことの中に喜びを見つけて老いの素敵さを味わおうじゃないか』
と,訴えているように私には思えます.

つらいことばかり憶えているよりも,楽しかったこと,喜べたことを忘れないで記憶にとどめて老いていけたら,誕生日もどんなにか素晴らしく喜びにあふれる日になるかと思います.1つ年をとれば,また1年分の喜びが人生というアルバムにしまわれたってことですものね.そして,アルバムは自分一人で見るものではなく,家族や友人に見せることもできます.誕生日には人生のアルバムを披露してみてはいかがですか?

私も今日は父のアルバムを肴に一杯・・・.


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父の誕生日 

今日は父の誕生日です.一昨日5回忌を迎えた父ですが,父の生まれた日であることに変わりはありません.そして,私たち息子が存在するのはこの日父が生まれたからでもあるので,私たちにとってはいつになっても喜ばしい日であります.同時に父への感謝を表明する日でもあると思うので,今日は何か父にお供え物でもと思ったのですが,金欠でして財布に1円も入っていなくてそれは断念しました.2日前に行ったばかりですが,またお墓参りをして帰りました.

誕生日は,感謝を誕生日を迎えた者に感謝し,その人が誕生日を迎えられたことを神様に感謝する日であると私は思います.母の誕生日には母に感謝すると共に,母がその日をまた迎えられたことを神様に感謝しました.今日の父の誕生日には私たちを育て,出直し後も御霊として見守ってくれている父に感謝して,父という人間を生かして私たちを授けてくださった親神様に感謝したいと思います.


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父の命日 

昨日は父の命日だったので,仕事が終わってからお墓参りに行きました.私の友人も週末ということもあり,来てくれました.まぁお墓参りといっても家から500mくらいのところなんですけどね.

母が昨日花を供えたようなのですが,夜で暗かったため,なんだかわかりませんでした.お参りをして帰りました.

御霊は墓ではなく,教会の神殿に入り込ませていますので,お墓は生前神様よりお借りしていた身体の名残を納めている場所と私は認識しています.それを以って人の姿形をし,私たちの記憶に残る存在となっているのですから,敬意を払う必要がある,したがって折に触れてお墓参りをする,というのが私の墓参り観です.今ふと思ったのですが.

またお腹に肉がついてきて困っているとはいえ,父の命日に飲まないわけにはいかない!と思い,友人と乾杯しました.しかし,父さんの遺影で乾杯をするのも忘れました.しかし,その思いと姿とを見て父は喜んだことと思います.

来月は祖母の1年祭と共に父の5年祭があります.刻が経つごとに周囲からはだんだん想起されにくくなってくるかと思いますが,私たち家族はいつでも忘れることのないようにしたいと思います.


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父 

未読の方は以下の関連記事も閲覧ください.
お父さんのこと
父と私と雅楽
私と雅楽

今日は父の命日です.父への感謝と尊敬をもって綴ります.

私は父を尊敬しています.しかし,それをより感じるようになったのは皮肉にも父が出直した後であったかもしれません.
うちのような小さな教会を支えていくことはすごく大変なことです.しかし,15歳から23歳で父が出直すときまで教会を離れていた私には,それを目の当たりにする機会が少なかったように思います.それは母からも時折言われることですが.

父は家族には寡黙でしたが,子煩悩でした.どんなときでも子どものことを一番に考えていたと母より聞いていますし,私もそのように感じます.しかし,怒ると目が三角になり本当に怖かったです.今でも兄弟で「父さん怒るとすげー怖かったよな」「あの三角の目ありえねーよ」などという話になることもあります.もちろんにこにこしているときも多かったですけどね.芯のあるどっしりした頼れる父でした.外でも優しく人の話によく耳を傾け,信頼される人であったと聞いていますし,出直し後,父の知人と接した上からもそうだったのかなと思います.

神様から様々な身上や事情もいただき,自身は苦労を抱えながらもそれを私たちに漏らすこともなく,私たちには笑顔で接し,お道の人間としての手本となってくれました.母より「神様から家族へのお手紙をお父さんが一身で引き受けてくれているから皆は健康に過ごさせてもらえてるんだよ」と聞かされ,大変だなぁと思うと共にありがたいなぁと感謝の念を抱いていました.

雅楽をすすめてくれたのは父でした.勉強だけで高校生活が終わるのは嫌だった私にとってそれは学生生活の楽しみとなりました.臨床心理への道を決定づけてくれたのも父でした.私は願書提出前に臆病風に吹かれ,落ちたら嫌だから社会福祉に進むと言ったときに「ダメだ.臨床心理へ進め」と尻を叩いてくれたのは父でした.あのとき,「おまえのしたいようにしたらいい」と言われていたら私は臨床心理士にはなっていなかったでしょう.父に感謝です.私が資格をとって働くのを誰よりも楽しみにしていたでしょうにその姿を見せられなかったことは残念でなりません.

子どもの人生の要所要所で父としての威厳を見せ,その役割を見事に果たしてくれていました.地元の高校へ行った兄弟2人が部活を辞めたいと言ったときも絶対に辞めさせませんでした.辞めるなら学校も辞めろと言ったほどです.その強さのおかげで彼らは部活を続けて,卒業時にはよい就職先に縁がありました.末弟の卒業時まで生きられなかったのは残念に思いますが,それでも末弟が就職も決まり,高校卒業間近でしたので,子どもたち5人が自分の力で自らの人生を歩むまで見守り育てあげてくれたことになります.その役割を終えての出直しだったのかもしれません.むしろ身上を抱えながらもそこまで生かさせていただいたことに感謝しています.

父に対して悔やんでいることがあります.私がまだ大学生の頃,教会に帰った際,父に「まお,一緒に酒でも飲むか」と誘われたことがありました.当時の私と言ったら,友人とバカ騒ぎする飲み方しか知らなかったもので「父さんと飲んでもつまらないからいいよ」と気乗りせず断りました.別に飲むのが嫌だったわけでもないですが,父さんとじゃバカ騒ぎはできないよなぁという浅はかな思慮からだったかと思います.私の方は何も気にしていなかったのですが,父はそれをけっこう気にしていて,以来私に飲もうと声をかけにくかったらしいのです.それでも,私がたまにビールを飲んでいると,「父さんももらおうかな」と少し飲んだこともありました.肝臓を患っていたのであまりお酒はよくなかったんですけどね.

出直した年の正月,元旦の献餞をした後,父が珍しく「よし皆で飲もうか」と誘ってきました.23歳になり,とうにバカ騒ぎなど卒業してまったり飲むことに慣れていた私にはむしろありがたい誘いでした.そして子どもたちとお酒を飲んだのです.思えばそれが父と飲んだ最後のお酒でした.このときのことを父は喜びながら母に話していたということです.それからわずか13日後に父は出直したのです.通夜の晩,棺の前で私は父のグラスを置き,一緒に乾杯をしました.そして父に語りかけたことを覚えています.「何でつまらないなんて言ったのだろう」「父さんもそんなのいつまでもひきずるなよ」などと悔やんだものです.もっと飲む機会を作ればよかった.声をかけてあげればよかったと後から後から悔恨の念が沸いてきました.生きていれば何度でも父と飲んで語りたい,そう思います.自らの思いを子どもたちに何も聞かさずに突然出直してしまったので,私にはその機会は今でも喉から手が出るほどほしいです.もはやかなわないことですが.しかし,これも親神様の深き思惑あってのこと,この節がまた教会の,あるいは各々の成人につながったに違いありません.

生前は苦労を重ねた父ですが,その中にも喜びを見つけて通っていたことと思いますし,その父の苦労があったからこそ,今の家族や教会の姿があるのだとしたら,御霊となった父は,その苦労の先に楽しみを見つけられたのだろうなぁと思います.また「苦労は先の楽しみ」という言葉は何も一代にして顕れるものではないのかもしれません.縁やいんねんありて紡がれし家族や教会ですから,それは先の代に実を結ぶということもあることと思います.

中島みゆきの「命のリレー」という曲の一節にこんな歌詞があります.
「この一生だけでは辿り着けないとしても 命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ」
まさにそのことを示唆しているように私には思え,私はそれを聴いたとき涙しました.(通勤中だったので浸ってるわけにもいきませんでしたが・・・.)こちらにこの曲の歌詞をアップしておきますのでよかったらリンク先を見てください.

父の出直しも成るべくして成っていることだと思いますし,その哀しき出来事にも意味を見つけ心におさめていくことが信仰と思います.それがあって今があるのなら,それは必要なことだったのでしょう.人生にifはないのですから.今あるご守護に喜びを見つけていくことが肝要かと思います.

話がそれましたし,まとまりを欠いていますが,父について思うことを連想的に綴ってみました.


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命のリレー 

いい唄ですよ.聞けなかった父の思いと伝えられなかった父の思い,言葉では聞かずともその生き方の上に映し出されたものは子どもたちが引き継いでいくだろうし,引き継いでみせるよという父への誓いと共に涙した唄です.

この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ

ごらん 夜空を星の線路が
ガラスの笛を吹いて 通過信号を出す
虫も獣も人も魚も
透明なゴール目指す 次の宇宙へと繋ぐ

この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ
この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ

僕の命を 僕は見えない
いつのまに走り始め いつまでを走るのだろう
星も礫も人も木の葉も
ひとつだけ運んでゆく 次のスタートへ繋ぐ

この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ
この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ
この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ

(中島みゆき 詞/曲)

障子張り替え終了 

仕事を終えて家へ帰ると会長が「障子全部替えちゃったわよ」と言いました.どうやら,1人で普通サイズ5枚と,ミニサイズ13枚を替えてしまったようです.実の親ながらさすがです.お墓の掃除もしてきたらしいです.明日は父の命日ですものね.

とにかく会長の予定通り月次祭前に障子の張り替えが全て終わってよかったです.

今日はもう1つ記事を書いていますのでそちらも読んでください.


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父と雅楽と私 

明日は父の命日です.父への追悼の意を込めて書きたいと思います.

私は父に勧められて雅楽を始めました.父は龍笛でした.私も最初は龍笛を1年やって鳳笙に変わりました.以来鳳笙吹きです.自前の鳳笙は持っていなかったので,父に色々なところから借りてもらっていました.最初は支部の知り合いの教会から,次は母の実家の教会から,その次は父と仲良しだった人の教会から.この鳳笙は今も借りています.

父は決して上手とは言えませんでしたが,私同様結婚式や神社の祭典の楽人として吹いていました.私が吹きにいくと,「お父さん元気?」と聞かれたこともあります.

父と一緒に演奏したことがありました.記憶に残っている限り一度だけだと思います.母方祖父母の20年祭に楽人として演奏しました.晩年は歯がかけていたので,隙間から音が逃げてあまり鳴っていなかった記憶があります.そのときもそうでした.「父さん音かすれてたぞ」と笑いながらからかった覚えがあります.

あるとき,借りていた鳳笙の音質が落ちてきて手入れが必要になり「父さんがお金出してやるから直してこい」と言われ,修理にもっていきました.修理が終わった後,しばらく吹く予定がなかったので鳳笙は部屋の隅で眠っていました・・・.

そして忘れもしない4年前の1月13日未明,父が出直しました.翌14日が通夜だったのですが,父が苦しい生活の中修理費を出してくれてよい音になったのに一度も聞かせていないと思い,布団に眠っている父の枕元で1曲吹かせてもらうことにしました.

哀しみと感謝の念を抱えながら越天楽を吹きました.それはきっと旋律にも反映されていたと思います.何故って哀しみで音がプルプル震えていたからです.しかし今まで吹いたどんな演奏よりも一番上手によい音を出せた気がしました.吹き終わると周りには家族や親戚が皆集まっていて,父のために奏でた旋律に涙していたのでした.

葬儀に身内が楽人をやるわけにはいきませんので,まだわがやの床にいる間に父に聞かせることができて本当によかったと思いました.

ちなみに皮肉にも父の50歳の誕生日が告別式でした.しかし,誕生日にあれだけ多くの人が集まったのは初めてだったでしょうから,父もなかなか果報者です.ケーキを皆で作って棺に入れました.入刀時はさらに号泣でしたけどね.1切れだけ入れて後は皆でおいしくいただきました.

来月の年祭では鳳笙を吹かせていただくかもしれません.まだ細かいことは決めていませんが.

(関連記事;「私と雅楽」も是非読んでください)


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私と雅楽 

父と雅楽についてのエピソードを書きたいので,関連記事として「私と雅楽」について旧ブログより転載しておきます.

私は高校3年間天理高校の雅楽班に在籍していました.1年生のときは嫌だと思うこともありましたが,2年生から引退まではけっこう一生懸命にやったと思います.そもそも入部したのは父の勧めでした.続けているうちに楽しくなり,引退演奏会のときには号泣したのを覚えています.そしてこの先も雅楽を続けていきたいと思い,進学先を天理大学にしたいと父に言いました.父は地元の国公立大に進学して教会の手伝いもしてほしかったようでした.しかし当時の私は雅楽を続けたいという思いが強く,天理に残ることを決めたのでした.今思うと,勉強したくなかったのを都合よく理由付けして11月の推薦で早々と受験の終わる天理大に行きたいという気持ちも多くあったなぁと思います.

大学入学後,大義名分を掲げてしまっていた私は雅楽部に入部しました.しかし,そこでは自分が描いていたような姿はなく,生活のためにアルバイトもしなければならなかったので,徐々に足は遠のき,数ヶ月でほとんど顔を出さなくなり,半年足らずで辞めました.私が好きだったのは,勉強に追われる生活の中で,西山校舎で行われる班員のメンバーとの時間だったのです.すでに大学生活に入り,自由を獲得していた私には,雅楽は楽しいものではなく,私の足かせにさえなっていたのです.当時の私には,雅楽漬けの生活よりもバイトと友人との交際三昧の生活の方が魅力的なものだったのでした...

辞めるのには当然理由が必要になります.ここで私は周囲だけでなく自分自身をも納得させる理由も探さないといけなかったのでした.なぜならば,自分自身でも辞めてしまって本当にいいのかという思いがあったからです.続ければ一生役立つことはわかっていましたし,遊びたいがために辞めるという回避的選択であることもわかっていました.そこで,納得させる理由として選ばれたのが,生活のためのアルバイトおよび大学院進学です.元々臨床心理士を目指して大学には入ったのですが,漠然としか考えていませんでした.この時点で私は臨床心理士にならないと雅楽を辞めたことを後悔するに違いないということを悟りました.しかし,結局4年間ほとんど勉強せずにのほほんと生活していたのです.まぁ結果的に有資格者になれたので辞めたことに対して激しい後悔をすることはなかったのですが,やっておけばよかったなぁとも思います.しかし,部活を続けていたら続けていたらで今と違う人生になっていたのかもしれませんし,これはこれで成るべくして成ったのかなぁと思っています.

辞めた後の私と雅楽のつながりは,主にアルバイトでした.当時,天理に住んでいた私は,友人の紹介で神前結婚式の楽人をやりました.月に何件かですが,堺のリーガロイヤルホテルや平安閣で鳳笙を吹いていました.他にも雅楽をするチャンスはありました.皆で楽しく雅楽をしようという博雅会という雅楽の会を先輩や友人らが作ったのです.そこに再三誘われていたのですが,結局私はやりたいという思いと面倒くさいという思いの葛藤の末,いつも後者が勝ってしまい,結局行きませんでした.今思えば,せめてこれだけでも参加しておくんだったと思います.

大学院~現在にかけては,神社や結婚式のアルバイトを知人に紹介してもらい,川崎市内や町田市内の神社で吹くことがあります.また,年祭などで吹くこともあります.3年半前には母方祖父母の20年祭に父(龍笛)と吹きました.父と合奏したのはそれが最初で最後だった気がします.

以上,なんか思い起こしたくなったので私と雅楽のつながりを書いてみました.雅楽はお道とつながっている限り,縁のあるものです.皆さんも機会があれば教わるといいと思います.それから,最近は若い女性に人気があるというのを友人Kより聞きました.お道と関係ない方も興味があれば曲を聞くことからでもはじめてみてはいかがでしょうか.聞いたことのない人も多いと思いますし.レンタル屋さんなどにも置いていますよ.


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「お父さんのこと」 

半年前のことですが,母が部屋を整理していたら,こんな作文が出てきました.文章から察するに小学4年生の頃のようです.
お父さんのこと

ぼくのお父さんの名前は○○と言う.昭和63年の8月20日に交通事こにあって,××病院に入院している.
お父さんは,手じゅつを3回やった.1回目の手じゅつは,8月22日であとは忘れた.
ぼくが病院に行くといつもわらってくれる.
ぼくはお父さんが入院してる間,ぼくはいつもお父さんのことをおねがいしている.お父さんも病院で早く治ってたい院できるようにおねがいしていると思う.
お父さんの外泊の初めの日は3月30,31日だった.その時,ぼくは,とてもうれしかった.それからお父さんは1週間に1ぺん外泊をしている.
お父さんはもうだいたい治っていてたい院の日にちは5月31日だ.
お父さんがよくなったのも,神様のおかげ

続きがあるようですが,原稿用紙が1枚しかなく続きが見つかりませんでした.当時の私が父の身上に何を感じ,何を考えたのでしょうか・・・.

今は亡き父ですが,こうしたことに触れるたびに父を思い出します.過去の作文など片づけの際につい捨ててしまいますが,とっておくと見つけたときにとても懐かしい気持ちになれます.思い返したときに懐かしい気持ちになれそうなものは,邪魔くさいと思ってもとっておくことをおすすめします.特に子どもが残した作品などは,将来成長したときに,自分や子どもの歴史として団欒をする材料にもなるのではないかと思います.

父のことについてもまた時間があるときにいろいろ綴りたいですね.
内在化された父親像,それを鏡として人は自己と照らし合わせ,父親になっていきます・・・.もちろん取り入れるところもあれば棄却されることもありますが.そして,それを息子がまた鏡とし,さらにその息子が鏡とし,受け継がれていくわけです.

あれから半年,作文の続きは出てきません・・・.


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一粒万倍 

一粒万倍今日はデイケアで習字をやりました.たまたまデイケアに行ったら習字をやっていて,スタッフにやってみますか?と声をかけられて書いたのでした.書初めですね.何にしようか考えて「一粒万倍」にしました.

私は正直習字はド下手でして将来祝詞を書くのをどうしようかと頭を悩ませているくらいです.父はとても上手でした.今日も下書きをして練習してみましたが全くうまく書けません.スタッフになんと習字7段の子がいて,彼女に手本を書いてもらい,それを見ながら清書してみました.その作品がこれです.まぁ下手くそですが,手本なしに書いた1枚目よりは圧倒的に上手く書けているのでよしとしましょう.手本があるだけですごく出来に違いが出るのだなぁと思いました.これは何にでも言えることだと思いますので,私もお道の人間としてお手本となるような生き方を心がけようと思いました.ちなみに,筆跡ががたがたなのは私の不慣れさもあるのですが,ろくに手入れをしていない劣悪な筆なので余計に歪んでしまったと言い訳しておきます.

ところでこの文字「いちりゅうまんばい」と読むのですが,スタッフやメンバーは皆「ひとつぶまんばい」と読んでいました.読み方と意味を説明するといい言葉ですねと納得していた人もいました.神様や天理教の名を直接出して話をすることはかないませんが,出さずともお道的な価値観を伝えることはできるのだなぁと改めて思いました.


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またまた障子はりかえ 

障子今日も帰りがけに会長より連絡があり「障子張り6枚です」と.

1日1枚ずつ増えてるじゃないか!!と一人つっこみをしつつ帰りました.一昨日は4枚,昨日は5枚,そして今日は6枚です.私が帰ると4枚終わっていて残り2枚を張りました.もう慣れました.どんとこいです.写真はやりかけのシーンなので散らかっています.

あと普通サイズが5枚,小さいサイズが13枚です.


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