お道と臨床と~心づくりのたね~

お道(天理教)と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.日記風なこともわりとあります.

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知事の発言より 

http://www.asahi.com/politics/update/1128/SEB200711280014.html

宮崎県の東国原英夫知事が28日,宮崎市の知事公舎であった若手建設業者らとの懇談会で「徴兵制があってしかるべきだ.若者は1年か2年くらい自衛隊などに入らなくてはいけないと思っている」と述べたようです.

確かに若者の道徳観や倫理観などの欠損が生じ,規律や秩序が守られていないところはあるとは思いますが,徴兵制というのは実に安易な考えですし,少なくとも知事という自治体を代表する立場にのものが口にすべきではないと私は思いました.

それがまかり通ってしまう社会のあり方,大人のあり方,親の教育のあり方が問題なわけで,そういう機関に押し込むことで解決しようとするのではなく,自然と育んでいける社会を作っていくのが私たち大人の役割なのだと思います.もちろん,口で言うほど易しいことではないのでしょうが・・・.

なんだか世の中の動きが心配です.

以下は関連記事になります.
そのまんま東もハロー効果を活用!?
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乗車への心構え 

車内にて思索中…

ある青年

「私は電車では一人でも他の人に楽をしてもらうためになるべく座らないように心がけている」

ある青年

「今の若い人を見ているとお年寄りに席を譲るということができない人が多い.だから私は電車ではなるべく座るように心がけている.そして,お年寄りが乗って来られたらすぐにその席を譲るのだ」

どちらも一人でも人に喜んでもらおうという心があるのだと思いますが,皆さんはどのように感じられますか?

自分は立ちながらもお年寄りにも座ってもらうという第三の選択肢をあげる人もいるかもしれませんが,いつも立っていてお年寄りを見掛けたら座っている人に向かって「譲ってあげてください」とはなかなか言えないなあと私は思ってしまいます.その方に恥の感覚を与えることになりかねませんし,お年寄りもそこまでは望まないかもしれません.いや誰か言ってくれないかなと思ってる可能性もありますね…難しいです.

子は親を映す鏡 

未読の方は以下を閲覧ください.
親の背中

子どもは親を映す鏡です.これは以前書いた「親の背中」の裏返しです.子どもが親のように育っていくということは,ひっくり返せば子をして親を知ることができるということです.

そんなことを言っても,子どもは親の思った通りに育ってくれないじゃないかと思う人もいるでしょう.確かにその通りです.子どもは親の思い通り,親の敷いたレールの上を歩んでくれるわけではありません.

以前に,宮崎伸一郎先生(教会長&臨床心理士)の講演の中で,「影」という言葉が出てきてなるほどと思った話がありました.記憶が曖昧なので自分の見解も加えて書きます.

世間的にも評価される両親の下で育ち,それを映したように子どもが育つ中に,一人だけ非行に走るような子どもがいたとしたら,それをどのように説明できるでしょうか.子どもは親を映す鏡であるのなら,そんな子どもに育つのはおかしいと思うでしょう.しかし,そうではなく,その子どもは親の生きられなかった影の側面を生きているわけです.どんなに人間的に素晴らしい人でも,人間である限り悪い心遣いだってします.それを表現する,行動に移すことが悪だと思っているとしたら,その行動は抑えられ,親の人生では生きられずに表だった人生の「影」として潜みます.そして,それは世代を超えて子どもに表れるのかもしれません.

ですから,子どもに問題が生じたときには,それを子どもの人格や養育環境のせいにするのではなく,親はこれまでの人生を顧みる必要があると思います.そして,子どもが自分の生きられなかった影の側面を生きているのだと理解したとき,以前は子どもが思うように育っていかない憤りや煩わしさ,疎ましさを知らず知らずのうちに子どもに向けていたかもしれませんが,子どもへの見方が劇的に変わることと思います.なぜならばその子は親が生きられなかった影の部分を一生懸命生きているのですから.子どもを通して,親はそういう面があったことに気がつき,自分の生き方の質を高めることができるのです.むしろその子に感謝する日さえ来るかもしれません.

どんな子どもでも,子どもは親の生き方を映しています.うちの子が何でこんなふうに・・・と嘆く親御さんがいらっしゃるかもしれませんが,そうではありません.親がやってこなかった,あるいはできなかった影の側面をその子が生きているのです.そのことを理解してあげてください.

子どもは親を映す鏡です.子どもをして自分の生き方を知るでしょう.

シャドウショッピング 

ブラインドショッピングから派生して思ったのですが,シャドウショッピングというのも面白くないですか?シャドウボクシングは相手がいるものと想定して攻撃や防御をひとりで練習することですから,シャドウショッピングはさしづめ店員のいないところで一人ショッピングということになるでしょうか.

商品を持って誰もいないところに行って「これいくらですか?」と聞いてみたり,柱に向かって「ちょっとこの電子レンジもう少し安くなりませんか?」と行ってみたり,あるいは「この時計ちょっと進んでるみたいですけど?」なんて言ってみてもいいと思います.なんだか考えただけで楽しくなってきます.

また,応用編として手に何も持っていないのに,店員さんに「このチーズピザいくらですか?」と聞いてみるのも面白いかもしれません.

いやいや,世の中は受け取りようによっては笑いに溢れていますね.

休日 

祖父が帰ってきて最初の休日です.

一緒にこたつに入って話し相手をしたり,買い物に連れていったりしました.火の元が危ないのでとても家に一人で置いておくわけにはいきません.今日は私がいたので出られましたが会長もこれからあまりおたすけに出られなくなるでしょう.

午後,神殿の屋根裏に入ってハクビシンの糞とりをしました.やはり毎回同じ場所に山状にふんをしています.カピカピに乾燥していましたがかなりの量でした.木の板が糞のせいで腐ってきていたので,ビニールを敷いて応急処置としました.

もうハクビシンがにくたらしくて仕方がありません.人間が入れる場所ならまだしも人間が入れないところにまで忍び込んで大量の糞をしているので,教会の中はばい菌でいっぱいでしょう.リフォームでもしない限り駆除は不可能です・・・.それでも雨風はしのげているからありがたいんですけどね.

さて,そんなわけでなんとなく過ぎていった休日でした.今週は休みなしの6勤です・・・.

沖縄にていただいた不思議なご縁 

未読の方は以下を閲覧ください.
沖縄旅行
ひめゆり平和祈念資料館

本当に不思議なご縁をいただきました.

10月の終わりに職員旅行で沖縄に行ってきたことは過去の記事にてすでに報告済です.そして,記事を改めてひめゆり平和祈念資料館についても記述しました.

家に帰ってきてから,ジオラマ壕の証言員のお話をすべて聞けなかったこと,きちんとお礼を申し上げられなかったこと,出口で感想を綴る時間さえなかったことなどが気にかかってか,一言お礼と感想を述べたいと妙にひっかかりまして,資料館の事務局宛に当該日の証言者の方にお礼と感想を述べたメールを書きました.

お年を召されている方でもあるし,感想を述べる方はたくさんいるでしょうから,返信は期待していませんでしたし,そもそもそういう故から事務局で止まって本人まで届かないかもしれないとも思いましたが,読んでいただければ幸いと思い,書きました.お道の言葉こそ使いませんでしたが,自分の思いを書きました.そして定型文の署名を貼り付けました.普段はこれで送信ボタンを押すのですが,なぜかそのメールには住所の後に括弧で(天理教○○分教会)と挿入しました.もしかしたら,お道の名前くらいは知っているかもしれないという思いからだったと思います.

送信後,数日して事務局から証言員に渡したという旨を書いたメールが1通届き,よかったと思い,この件は終わったかに見えました.

ところが,11月15日頃,1通の郵便物が来ました.宛名を見ると沖縄県からで,厚みのある封筒でしたので,本でも送ってくださったのかなと思って封を開けると案の定,小冊子と漫画が入っていました.同封された手紙があったので,それに目を通したところ,私は感激の声をあげずにはいられませんでした.

なんと,私のメールを事務局より渡されて読んだその文末に「天理教○○分教会」と書いてあったことに感激したということで,その証言者の方も教会に住み込みをしておられるお道の信仰者であるというのです.私はこんな偶然があるものかと大層驚き,そしてこのような素晴らしいご縁をくださった神様に感謝し,とても嬉しくなりました.すぐさま,会長にこのことを話し,不思議なこともあるものだと言っていました.

思えば,あの日,同僚とタクシーをレンタルし,コースを決めていなかった私たちは私がひめゆりの塔へ行きたいと言わなかったならば,違うところを見て回ったでしょうから,そもそも平和祈念資料館へ訪れたことも不思議なことでした.そして,色々な人が病院壕のジオラマの前を通り過ぎる中でその方が奇しくも私に話しかけてくださったのもやはり偶然とは思えません.また,ひめゆりの証言員は現在3人生きてらっしゃって3人で交代で証言員をしているとのことだったのですが,その方だけがお道の信仰者とのことで,ちょうどご担当日に私が訪れたということもまったく不思議なことでした.さらに,なぜか妙に心残りで帰ってきてから事務局宛にメールを書き,なぜか署名に教会名を書いたという一連の事象のどれが欠けても今回のご縁は起こりえなかったでしょう.すごい確率です.私には神様のお引き合わせとしか思えませんでした.

返信しようと思っていたのですが,大祭前で忙しかったもので,大祭終わって落ち着いた19日の夜にお礼の返事を書こうと思っていたら,なんと19日にその方から教会にお電話があったようで,会長が少し話したとのことでした.何だろう?とそわそわしつつ,仕事を終えて夜に電話をしてみました.すると,夜の講演に行っているとのことでご不在でした.

夜9時過ぎだったでしょうか,折り返しのお電話をいただきしばしお話させていただきました.現在,教会に住み込みとのことでしたが,弟さんが教会長をされているとのことで,ご両親も信仰されていて生まれたときからお道とつながっていたとのことでした.本当に命を神様よりおたすけいただいて大事なお役目を果たすべく生かされてきたのだなぁと改めて思わせていただきました.夜のご講演に関しては夕づとめ終了後の7時以降に限り引き受けて近隣でもされているとのことで,神様とのつながりに関してもとても熱心につとめておられるなぁと思いました.また,沖縄にいらっしゃいながら依頼によっては全国に行かれるとのことで,関東で予定がありましたら是非ご連絡していただきたいとお願いさせていただきました. いつかお話が聞けるといいと思います.

神様はこのご縁を通して私に何を知らしたかったのだろうと考えたとき,その明確な答えはすぐには出ませんが,こうしてジオラマ壕で話しかけてくださったときから決して偶然とは思えない歯車が回り始め,噛み合い,こうしたご縁へとつながったのですから,まずは私自身がもっと戦争と平和への関心を持って生きることが肝要と,そして身近なところでしか果たせませんが私自身が陽気ぐらしにつながることをさせていただくことが大切なのだろうと思わせていただきました.

このような形でお道の方とつながれるとは思ってもいなかったもので,本当に私にとっては不思議な嬉しいご縁をいただきました.ありがとうございました.

※下記はいただいた本のうちの1冊です.

ひめゆりたちの沖縄戦―劇画ひめゆりたちの沖縄戦―劇画
(2005/01)
与那覇 百子、ほし さぶろう 他

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祖父帰る 

今日は祖父が帰ってきました.

心臓は弱っていますがとても元気そうでした.
よくしゃべりよく食べて休みました.興奮してなかなか寝ないかと思いましたが布団に入るとすぐに眠りについていました.

同居家族が増えて賑やかになります.大変なことも多くあると思いますが,頑張ってやらせていただきたいと思います.

後継者講習会参加決定 

後継者講習会が現在,教会本部で行われています.今年,立教170年8月より立教171年4月までで,対象となるのは20歳から40歳までのお道の後継者です.10年に1度だそうで,これを逃すと10年はありません.

私は来月,12月22日~24日の第17次講習会に参加させていただくことになりました.同期に行かれる方いましたら,どうぞよろしくお願いいたします.

すでに行かれた方,感想などをコメントしていただけると嬉しいです.参考になります.

祖父明日帰る 

明日,祖父が山口より帰ってくることになりました.
数日前おばより連絡がありました.昨晩の夜行バスで次弟に行ってもらい,明日の新幹線で帰ってきます.心肺機能はかなり弱まっているようなので,帰りの道中ももちろんですが,うちの教会で生活することも心配です.

なんといっても寒いです.構造上なのでしょうか?夏はとてつもなく暑く冬はとても寒いのです.山口はまだ暖房器具を使っていないとのことなので,祖父は帰ってきてびっくりすることでしょう.コタツに1日潜り,暖房つけっぱなしになることは間違いありません.教会にはエアコンはないのですが,ついにつけようかどうしようかと検討中であります.私たち家族はエアコンなどなくとも問題ありませんが,祖父の生活環境を整えるためにはもしかしたら必要かもしれません.

春になってから帰ってくるのが環境的にはよかったのですが,こう成ってきたのもまた神様の思いあってのこと,今まで世話してもらえただけありがたいです.おばの教会には本当に感謝です.これから,会長はほとんどおたすけに出られなくなりますし,私と次弟は交代で祖父の隣で寝ることになったり,休みをとって病院へ連れていったりと,家族一同なかなか大変になりますが,成ってきたことを喜んで通らせていただくのがこの道,やるからには喜んでやらせていただきたいと思います.祖父も帰ることをとても喜んでいるとのことですし.もちろん,私と次弟だけでなく他の兄弟の協力なくしてはできません.

兄弟たちよ,よろしく頼む.尽くした種は将来実る,自分が老いたときに帰ってくる.それが天の理,自然の法則なり.今まで育ててもらった恩返しと思って協力してくれ.

母の誕生日より思う 

今日は母(会長)の誕生日でした.
今日まで結構に生かさせていただいたことに感謝です.また,日頃の母に感謝です.

おさしづに「子が満足して親という.どんな事も,成らん処育てるが親の役」とあるように,親とは子どもに無償の愛情を与え,その成長を見て楽しむものと思います.その見返りのない親の思いに育まれてこそ,子は成長と共に親の思いを知り,親にして返そうと思うのだと思います.返し方の形は色々あると思いますが,それぞれが自分の置かれた境遇の中でできること,したいと思ったことをさせてもらえるといいのかなとも思いますが,親が成らんところを育ててくれたのであれば,子は成らんと思うことにも応えていった方がいいのではないかとも思います.いずれにしても親が子を見返りのない愛情を注いで育ててくれたのであれば,その思いに応えられる心の成人をさせていただきたいものです.自分が親に返せることと親の思いに応えることが一致すれば最善です.

親である方は子どもに無償なる愛情を注いでいますか?何もせずして子に親の思いに沿うことだけを期待していませんか?子である方は親の思いに応えていますか?恩や感謝をどこかへ置き去りにしてやしませんか?親であり子である方は,双方の思いをもてているでしょうか?

親から子へ,子から親へ,互いの心を語らずとも自ずと伝わり,それに互いが応えていける関係を築きたいものです.

研修から帰りました 

恒例の研修です.この研修は1/22まで毎火曜は続くので,火曜はほぼ中身のある記事は書く時間がないのですが,こうして報告だけでもと思い書いています.もはや更新率を下げないためにやっているかのようですが,それもあります.

更新率よりも質を維持することの方が重要に思いますが,更新率が高い方がリピーターの再訪間隔が短くなる可能性があるのではないかと思うところもあります.

いずれにしてもできることしかできませんので,そのときできることをしたいと思います.今も書きたい記事が2つほどあるのですが,時間がなくて書けません.残念です.

夢をみるということ 

少し前のことになりますがチャコの夢を何回か見たので,夢を見るということについて考えてみたいと思います.

夢の本質は体験を消化・吸収する過程です.ですから,消化・吸収された体験(夢)は記憶に残らないと言われています.消化・吸収に失敗した夢が記憶に残るのです.そう考えると「夢を見た」という表現は適切ではないかもしれません.「夢を覚えていた」と言った方が理論的にはしっくりくるでしょうか.

断片的に覚えている夢もあれば,はっきりと覚えている夢もあり,また見た気はするがまったく覚えていない夢,あるいは夢自体見てもいない,と様々な体験のレベルがありますが,それはどの程度現実に起こった体験を夢の機能によって咀嚼したかということと関係があるようです.ただ,夢は様々な置き換えや逆転や凝縮,象徴化などが起こっているので見た夢をただそのまま捉えればよいというわけではないようです.しかし,夢見手の連想が大事とは言われています.私は専門的な勉強をしているわけではありませんので,正直よくわかりません.このくらいにとどめて,いち信仰者としてのまおの視点から書いてみましょう.

おそらく夢自体は毎晩見ているのだと思います.ただ夢によって現実生活で解消できなかった部分を解消できた場合,まったく記憶に残らないのでしょう.逆に記憶に残っている場合,何らかのメッセージがあるとは思います.それは無意識からのメッセージと心理学では言うかもしれませんが,それだけではなく,私は親神様からのメッセージととれることもあると思っています.

親神様が私たちに伝えたいことがある,それはお手紙として私たちにくださるわけですが,身上や事情だけでなく夢もその手段として用いられることもあるだろうと思うわけです.ですから,同じ夢を何回も見る場合,その夢には何か意味があることもあるのでしょう.また,その時々の旬に合わせた象徴的な意味深い夢を見ることもあると思います.それもやはりお手紙である可能性があります.

ただそこで気をつけねばならないことは,あくまでも可能性であって,やはりそれがすべてではないということです.あくまで受け取る側の解釈の問題なので,自分にとって都合のいいように受け取っている可能性もあります.それが自分自身の心や行動の方向性を決めることにのみ影響するのであればまだ構いませんが,それがより多くの他者にも影響を及ぼしうる場合は,自分本位にならないよく考える必要はあると私は思います.周囲の人に相談してみるとかですね.

なんだか書いてみたはいいもののまったくまとまりません.要するに夢を理解するということは非常に難しいものなので,後で振り返ったときに「あれはそういうことやったんやなぁ.神様は以前から知らせてくださったんやなぁ」と思えるくらいでもいいのかもしれませんね.

一応結論として,「夢にはメッセージ性があり,神様の思いが込められていることもあるが,関係者が自分だけではない場合は,あくまでもその事象にまつわる関係者を交えてその夢に込められたメッセージを検討してみるのがよい」としておきたいと思います.ただこれは自論ですし,今記事を書いている段階でそうおさまったのであって,後に理解の仕方は変わる可能性はあるということをお断りしておきます.

関連記事になります.
チャコの夢(1)
チャコの夢(2)

秋季大祭 

昨日は秋季大祭でした.

29名(うち家族5名)の方が教会にいらしてくださいました.

祭典ではおてふりと地方をつとめさせていただきました.今回は初めて太鼓・ちゃんぽんをつとめてくれました人もいましたし,胡弓を弾いてくれた人もいました.どちらも夕づとめに来ては練習をしていたので,祭典でつとめることができて,本当にありがたかったです.

講話もなかなか分かりやすくよかったです.祭典後,神殿で直会をしました.出来る限り参拝に来てくださった方に喜んで帰ってもらおうと思ってつとめさせていただきましたが,それなりに喜んでもらえたかなのではないかと思います.ありがたい大祭でした.

大祭準備(2) 

今日は大祭準備です.

朝から赤飯炊きにご神餞の買い物,調餞,夕方には赤飯詰めと1日がかりでした.長弟,次弟,親戚のおばさん方,末弟の彼女と色々な方にお手伝いいただきました.ありがとうございました.

さて,赤飯の作り方は以前に記事にしましたが,若干の修正を加えたいと思います.

①ささげを洗ってざるにあけます.
②鍋に水を浸し,ささげを入れ,沸騰したら豆がややかための状態でささげをすくいだします.
③取り出したささげに塩をふります.
④赤水(ささげを茹でた水)に重曹を入れ,同時に火を消します.
⑤赤水を空気に触れさせながら冷まします.(適当な杓ですくい,高いところから下にあける感じ.)十分にやると,色が赤っぽく変わってきます.
⑥前日に洗って水に浸しておいたもち米をばんじゅうにあけ,茹でたささげと赤水を入れて浸し,色がつくように混ぜます.
⑦色がついたら,ざるにあけて水を十分に切り,蒸籠にうつして火にかけます.
⑧息があがって25分ほどしたら(これは火力によります),水をかけた後,塩水をかけます.(塩水は舐めてちょっとしょっぱいくらい「うわ,しょっぱい!」と感じるくらいのを5杯ほどかけるといいかもしれません)
⑨水を切った後,再び火にかけ,息があがって15分~25分ほどふかします.(これも火力によります)
⑩適当なかたさになったら,蒸篭からばんじゅうにあけ,うちわであおぎながら適宜混ぜます.(適当なかたさ=ちょっとやわらかいくらいでいいです.翌日食べる頃にはちょうどよいかたさになります)

時間はかなりの推定です.実際は状況設定によってかなり異なると思うので経験を重ねていくしかないでしょう.

明日は大祭です.珍しく多くの方が参拝にいらしてくださいます.皆に喜んで帰っていただけるといいと思います.


大祭準備(1) 

お供え餅今日は夕づとめ後,食事を済ませて,お供え餅つくりをしました.若手がお二人ひのきしんに来てくださいまして,料理の下ごしらえも同時にやってくれました.

餅も私が2つ作り,あとの4つは彼女らで丸めてくれました.二人ともなかなか器用なもので上手にできていました.素質は十分です.終わった後,明日の赤飯用のもち米をといで,今日は終了となりました.

明日は神餞物の買出しに調餞,赤飯炊き・・・その他もろもろ大忙しです.ですが,年に2回の大祭なので喜んでさせていただきたいと思います.

結婚式での末弟 

未読の方は前記事から閲覧ください.
兄弟の結婚式~長兄編

私の兄弟は下にいくほどお酒が飲めません.長兄と私は人並(かそれ以上)くらいは飲めます.四半日くらい飲み会が続いてもたいていは問題ありません.(最近は問題あるという声も聞きます・・・.)長弟になるとおそらく3~4杯くらい,次弟になると2杯くらい,末弟に至ってはまともに飲めるのは1杯くらいではないでしょうか.

そんな末弟は乾杯のシャンパンでもう顔が真っ赤になって気分よくなっていたようで,飲み物を一杯飲み干す頃にはもう酔っ払って吐きにいったくらいです.何回目か吐きに行って戻ってきたときに「吐くとすっきりするなぁ」と言っていたので,ふと彼の顔を見ると,あれだけ真っ赤だった顔が元の肌の色に戻っていて,そんなに変わるものなのかとびっくりしたと同時に大爆笑しました.

披露宴の途中で,長兄の断髪式があり,何人かが前に呼ばれて髪にハサミを入れたのですが,末弟が「次僕呼ばれるぜ」と笑いながら言っていると,なんとほんとに末弟が呼ばれて,飛び跳ねながら喜んでいきました.長兄が教会に来てから生まれた弟が唯一末弟だけでしたので,もしかしたら本当に心から遠慮なしに弟と思えていた存在だったのかもしれません.子どもの頃の彼の容赦ない末弟への「一発KO」は私たち兄弟の中ではあまりにも有名です.一発KOの仕返しに何かやるかなと思いましたが,そんなこともなく穏便に過ぎました.

オチがなくて申し訳ありませんが,弟の顔色の変化がおもしろかったことを言いたかったのです.ご理解ください.

ところで,結婚式に出ると未婚の人は結婚したくなるようで,末弟が「結婚して~な」と発していましたが,私が「順番だぞ」と口をはさみます.長弟が「気にしてるのは兄ちゃんだけだから後は好きにしろよ」と言います.次弟もそれにならう感じです.末弟はまだまだ私や母から見ると子どもだなぁという感じがあるので,もう少し成長してからの方がいいかなぁという気がしています.

一人終えたといっても男4人残っていますから,まだまだ始まったばかり.母もまだまだ踏ん張らなくてはいけません.家族みんなが喜びながらそれぞれの結婚を迎えられるといいと思います.

この機会に結婚に関する過去記事も未読の方は閲覧ください.
引き受ける心
共に苦労を
飾らない心で
老いては目となり杖となり
親神に引き合わせられし縁

兄弟の結婚式~長兄編 

去る11月11日は初めての兄弟の結婚式でした.

私は5人兄弟で育ちました.私の下に弟が3人,そして私の上には私より4ヶ月生まれの早い長兄がいます.彼は父の親友の兄の息子で5歳の頃より一緒に教会で育ちました.実母の顔を彼は知りませんし,20年前に実父も出直しているので私の両親が親代わりでした.彼らを「お父さん」「お母さん」と呼び彼は育ちました.高卒後就職し家を出たため,10年くらい前から一緒に生活してはいませんが,私の大切な兄弟です.

入籍はすでに2月に済ませていたので,あまり実感はなかったですが,人生の門出を祝うよい式となったと思います.彼が教会で育ったことを心の底からよかったと思っているかはわかりませんが,私は縁あって教会で育ってよかった,こうして彼が1つの家庭をもつことができてよかったと思いました.もし教会で育っていなかったらまた別の人生になっていたでしょうから,今の彼の幸せがあるのも私たちと育ってきたからこそでもあります.両親からしたら悩みながら育ててきたのでしょうから,見送ったという達成感があるでしょうか.彼の叔父(父の親友)も,甥っ子が家庭を持つのを見届けたという感覚だったのか披露宴の中では泣いている場面もありました.

私も嬉しいなぁ,よかったなぁという思いはたくさんありましたので,もしかしたら泣くかもしれないなぁと思ってはいましたが,意外とそんなことはなく,穏便に式も披露宴も終わるかに思えました.

しかし,披露宴での新郎新婦のスライドショーにやられました.小さい頃の子ども5人で写っている写真,5月に兄弟で結婚祝いをしたときにとった写真などが映され,これらは別に懐かしいなぁという感覚だけだったのですが,父の写真も出てきました.そして,「お父さんありがとう.お父さんみたいな父親になりたいです」というメッセージがスライド上に表示され,私の目から一気に涙が溢れました.

この場に父さんがいたらどんなにか嬉しい一言だろう,どんなに喜んだろう,父さんよかったなぁという父への思いと,父をそうまで思ってくれてありがとうという長兄への思いでいっぱいでした.

テーブルを見回すと,母と末弟は泣いていました.長弟と次弟は泣いていませんでした.まぁ兄弟からしたら,まったく予想通りの展開です.私と末弟は涙もろいのですぐ泣きますから.この感じでいくと,自分を含めてあと4回私は泣くことになるのではないか?なんとも情けない話だなどと一方で思いながら刻を過ごしました.

そんなわけで,本当にたくさんの人に祝福されたよい式だったと思いますが,これまでたくさんの人に見守られて自分が育ってこれたということも忘れずにこれからの人生を過ごしてほしいと思います.もちろん,そこには親神様のご守護があることは言うまでもありませんが・・・.

研修から帰りました 

11時過ぎに研修から帰り,入浴を済ませたところです.
仕事がたまっているので明日は残業ですね.
おやすみなさい.

そうそう,今月の予定にあるように11日は結婚式があったのですが,それは改めて記事にしたいと思います.

神のご守護も受け取り方次第(2) 

未読の方は以下を先に閲覧ください(続きです).
神のご守護も受け取り方次第(1)

繰り返し述べることですが,身の回りに起こってくることは神様からのお手紙であると思わせていただいております.そのときそのときの必要に応じて,かわいい子どもの心の成人を期待されての節を与えてくださり,そこから自分自身の信仰・悟りの振り返り,心遣いの振り返りを通して自分の心と身体を人のために使うことを学んでいき,その中に喜びや感謝を見つけていくことで心が成長し,ご守護いただけることがあるわけです.しかしながら,その道を歩んで,完全なご守護をいただけることが篤い信仰なわけでもなく,信仰が足りないからご守護がいただけないわけでもありません.そんな人間の尺度で測ることのできる相対的なものではないと私は思いますし,そもそも常に親神様に感謝すべきことは存在すると思います.つまりは,鮮やかなご守護だけが神様のご守護というわけではないということです.父が生前おさづけを取り次ぐ際によく言っていたことで,当ブログでも幾度か述べていることですが,「鮮やかなご守護をいただけることもあるし,薄紙を剥ぐように少しずつご守護をいただくこともある.ただどちらも神様のご守護であるから,喜んで通るように」と.この父の言葉は深い意味をもっています.

つまりはどんなときでも,どんな状態でも感謝すべきご守護があるということです.もう少し言うと,たとえ状況が変わらないように思えても,そこにはそれ以上に悪くなっていないというご守護が,さらに言うと,たとえ状況が悪くなっているように思えても,そこにはなおその進行を遅らせてもらっているというご守護があるかもしれません.このように書くと,では最悪の状態の場合,どこにご守護があるのだと思う方もいるでしょう.

私の父も急性心筋梗塞の突然死でしたから考えました.どこに親神様のご守護があるのだろうと.父は太く短く生きたいと生前言っていたようなので,病の床に長期間臥しての出直しよりは長く苦しむことなく出直しを迎えられたことがご守護だったのかもしれません.たとえば,生きたかったのにその思いが叶えられずに出直した人がいたにしろ,本来ならばもっと早く出直していたのを少し生きながらえさせていただいたのかもしれません.

つまりは,受け止め方,心へのおさめ方によっていかようにも感謝や喜びを感じられる道はあるということだと私は理解しています.そして,そのような心を培っていくことこそお道の信仰における個体内の心の成長かと思います.(個体間とすると人だすけの心などより色々なものが必要になってくるかと思います.)

お道は病だすけの教えではなく,心だすけの教えだと私は思います.今置かれている状況に喜べる心を培っていくための信仰であると理解しています(もちろん中には理解しがたいこと,変えていかねばならないこともあります).病気だってしますし,死にもします.ただその中に神様が私たちの心の成人を期待されての何らかのメッセージがあり,それに気がついて心に修めていくことで人間としての成長を遂げることができるのだと思います.そのメッセージは私たち個人や家族のその時々の節目や状況に合わせて必要な身上・事情として伝えられるので,時には八方塞と感じたり,無理難題に思えることもあると思います.しかし,その中に成人への道があるのだと思います.

お道は素晴らしいと改めて思わせていただきました.

神のご守護も受け取り方次第(1) 

ここしばらく末弟の彼女がよく夕づとめに参拝に来ていました.というのはお母さんがずっと胃が痛いと言っていておかゆしか食べられない状態で,胃がんの既往がある故から病院で検査をするので,無難に済むようにとお願いしていたのです.

これまでたまに遊びにきてはおつとめをしていったり,琴の練習をしていくことがあったりはしましたが,今回のお母さんの節から,まず3日間の夕づとめ参拝と今月の大祭で太鼓をつとめる心定めをしまして,3日間のお願いが終わっても,仕事が終わって来れるときには電車に乗って教会に参拝にきて時間があれば鳴物の練習をしていました.

今週はじめくらいに検査があって,昨日検査結果が出たらしく,彼女から会長に電話があったようです.どうやらただの胃の疲れだったらしくなんともなかったということを泣きながら電話をかけてきたということでした.そして,今日お礼づとめをしに来たそうです.

言うまでもなく彼女のお母さんがなんともなかったことはとてもありがたいことですし,そこに神様のお働きと感謝の念を抱かずにはいられません.本当に良かったと思います.しかし,それだけでなく今回のお母さんの身の上に起こった出来事によって,彼女が神様とつながり,神様のお働きと感謝の念,喜びの気持ちを少しでも感じたのであれば,それもとてもありがたいことだと思います.そして,そのご守護は彼女や一緒にお願いした人のなんとしてもお母さんにご守護をいただきたいという「たすけの心」と,その節を通して彼女自身や一緒にお願いした人の心の入れ替えができたことから得られたのかもしれません.

この道は「願い通りではなく心通りのご守護」と言われています.どんなに願っても自身の振る舞いや心遣いが神様の思いにかなったものでなければそれはかなわないものかもしれません.何もせずに各々の願ったことがかなってしまっては世の中大変なことになってしまいます.ですから,願うことも大事ですがそれに伴って自分自身の心を少しでも神様が喜ばれるような心―我さえよくばという心でなく,人をたすける心―に近づけていく努力が必要だと思います.

長くなりそうなので,続きは以下の記事を閲覧ください.
神のご守護も受け取り方次第(2)

ひめゆり平和祈念資料館 

沖縄旅行から10日ほど経ってしまいましたが,ひめゆり平和祈念資料館へ行ったときの記事です.

29日の午前10時過ぎだったかと思います.第2展示室の病院壕のジオラマを見ていたら証言者の方がジオラマの奥をのぞいている私を見て話しかけてくださって,しばらくその貴重なお話に耳を傾けて聞かせていただいたのですが,時間の制約上,最後までお聞きすることができず,やむなく会釈だけしてその場を立ち去る形となり,出口にあった感想用紙に記載する時間もなく心残りでした.

時間が許されるのであれば最後までお話をお伺いしたかったです.一生懸命に私たちに話してくださり,止め処なく溢れてくる言葉より,まさにことばでは語り尽くせないほどの壮絶な体験,哀しみを背負ってこられたのだと思いました.そして,本来ならば思い出したくもないような苦しい体験を60年以上経った現在もジオラマの前で語り続ける姿に心の強さと語り続けることにかける思いを感じました.3年間のシベリア抑留にあった私の祖父も85歳になりましたが,戦時中は満州にいましたので,ひめゆりの方のような戦火をくぐってはいません.本当に平和な時代に生まれ育った私などは想像もつかないほどの中を生き抜いてこられた,生かされてきたのだなぁと思いました.弾丸が飛び交う中,生き残ってこられたというのは単なる偶然ではなく,私たちが同じ過ちを繰り返さないために,そして戦争の恐ろしさを後世に伝えていくために,そうしたお役目を果たすべく命を授かってきたのだろうなぁと思わせていただきました.

最近チャコの出直しなどあったゆえから,「命あるものには生かされる意味がある」というのが私個人のテーマとしてありましたので,今回の沖縄では,多くのことを学ばせていただいたように思います.水族館の魚を見ては,この魚は何のために生かされているのだろう?生きていて楽しいのかな?そもそも魚に感情あるのかな?無目的そうに見えるけど何か目的があって泳いでいるのかな?など様々なことを考えましたし,ひめゆりの資料館でも軍国主義の犠牲として尊い命を失っていった人を思っては何のための犠牲だったのか?どんな思いで命を落としていったのだろうか?など色々考えました.

人間,動物含め万物は憎み合うために生かされているのでありません.皆が明るく楽しく生活するために個々の命は存在する,美ら海水族館の魚であれば,自身が水槽の中で自然と生きることで訪れた人々を楽しませ癒しを与えるという存在の意味が,パイナップルであれば自身がすくすくと育ち,おいしく食べてもらうことで食する者に喜びを与えると存在の意味が,それぞれあると思います.人間も同様です.私たち一人一人が争いなく生きていくことで,互いに喜びや楽しみを与えられる社会を作っていけたらいいのにと心から思いました.昨今の情勢から憲法9条の存在が脅かされ平和憲法の維持が危ぶまれているように思いますが,海外,長崎,広島,そして唯一戦場となった沖縄での惨事を忘れずに,今後も絶対に平和保持の道は歩み続けていく必要があると思いました.

まとまりませんが,本当にそのとき証言者の方がお話しくださらなければ,ただ私はそこを通りすがっただけでしたが,こうしてただの通りすがりに終わることがなかったのも,何かそこから私が感じ学ぶ意味・必要があったのだろう,これもご縁があったからと思わせていただき,こうして感想を綴っています.

また,沖縄に行く機会があるかはわかりませんが,もし再度訪れることがあったならば,もっとゆっくり見て回りたいと思います.

皆さんも沖縄に行く機会がありましたら,是非足を運んでください.私たちが忘れてはいけないこと,後世に伝えていかねばならない姿が見られると思います.

問題提起 

私がここ数年来疑問に感じ,問題意識としてもっていたことを論理的に綴った書物に出逢いました.

私だけでなく同様のことを感じている人はいるのだという安堵感と,それだけにその問題の解決に取り組む必要性,その問題を放置した場合の危機性がより明確になったような気がします.

どんな問題意識であるかは私個人が把握していればいいことですのでここで綴ることは控えますが,その問題意識を持ちながらも何が真実なのかを常に考えながら生活していきたいと思いますし,その先に自分自身の心の成人もあるといいなぁと思います.

これまであまり真剣に取り組んでこなかったことにもそろそろ少しずつでも取り組んでいかなければいけないと思います.そうでないと,この問題に関して私なりの見解をもつことに十分な知見があるとは言えません.よい機会を得ることができました.関係者の方に感謝します.ありがとうございました.

また研修 

昨日今日と仕事を早めに切り上げて勉強にいってきました.
昨日は帰宅したのが11時,今日は帰宅したのが10時半です.
今入浴を済ませてようやくPCの前に座りました.

現在の火曜の研修は3時に病院を出て現地に着くのが6時過ぎなので移動にかかる時間はとても大きいですし,こうして夜遅くまで勉強するのはなかなか大変ですが,大抵は病院が研修費用を負担してくれるのでこんなにありがたいことはありません.本当に感謝して勇んで参加しなければいけませんよね.

チャコここに眠る 

071104.jpg今日は午後からチャコを埋葬しました.

チャコが長年暮らした小屋の横の大きな木の下に穴を掘って木箱ごと埋めました.木の板の表に「チャコ」と裏に「平成十九年十月二十二日 没」と書いて墓標としました.そして玄関に生けてあった花を少しとって供えました.

今後もチャコは御霊として教会と共にあり,番犬として教会を守ってくれていたように私たちを守ってくれるでしょう.

それにしても,家族の墓でさえ500mくらい歩くのに教会の敷地内にお墓があるなんてチャコも果報者ですな.

沖縄旅行 

去る28,29日に職員旅行で沖縄に行ってきました.もちろん初めてです.

朝4時に病院集合だったので,朝3時起床予定として前日10時くらいには床についたのですが,遠足前の小学生のように早く起きてしまいました.0時半に起きたので早すぎです.そのまま寝れずに出発となりました.朝6時半のフライトで9時半前に那覇空港に到着しました.

1日目は皆で観光です.ナゴパイナップルパークと,海洋博公園沖縄美ら海水族館首里城と行きました.沖縄といえばかつては琉球王朝が栄え本土とは違った文化があったり,唯一太平洋戦争での戦場となった場所でもあったりであまり馴染みのないものを目にするかもしれないという思いもありました.

ナゴパイナップルパークではパイナップルが木に実るのではなく地面から生えてくるのに衝撃を受けました.ヤシやバナナのように木に成るのかと思ってましたよ!また,試食,試飲という名の食べ放題,飲み放題でして,ワインなどをおいしくいただきました.海洋博公園と沖縄美ら海水族館ではやはりきれいな海と魚たちが魅力的でしたね.ジンベエザメも大きかったです.首里城は過去に4回も焼失しているというのが驚きでした.何回復元しているんだという話です.

さて,夕方6時頃にホテルに入りまして7時から宴会,9時半頃国際通りに出てソーキそばを食べました.うどんともラーメンとも言えない中途半端な味でした.12時前にはホテルに戻って体を休めました.

2日目は自由行動です.私はデイケアのスタッフ2人と病棟の助手さんと4人でタクシーを使って回りました.ひめゆり平和祈念資料館,その近くの琉球ガラス村,グラスボート,おきなわワールド,と行きました.

ひめゆり平和祈念資料館では戦場に狩り出された女学生たちの歴史が書かれていました.証言者の方が一生懸命にお話しくださったのが印象的でした.この資料館は国や県などの援助を受けず生き抜いたひめゆりの生徒数名で作ったとのことでした.感銘を受けました.また,別に記事として取り上げます.ガラス村では知人へのお土産用に陶器を少々買いました.グラスボートは海中の魚を船底のガラス窓を通して見るというもので沖縄の海はきれいでしたね.おきなわワールドでは玉泉洞という何十万年もかけてできた長い鍾乳洞が興味深かったです.湿度90%でした.

6時半に空港集合だったのですが,タクシーの契約時間の都合もあり4時に空港へ着きました.その後空港でお土産を見て回って時間をつぶし,6時半に航空券を受け取り,8時のフライトなのでまた時間をつぶし・・・と4時間以上も空港にいたのでちょっともったいなかったです.帰りの機内はもちろん爆睡でした.

10時半頃空港に着き,11時半すぎには病院に着くかと思ったら高速が工事中のため大渋滞で,病院に着いたのが0時半すぎ,帰宅したのは1時半前でした.翌日は午前中有休をとっていたので,午後から出勤しました.

と,こんな感じの職員旅行でした.沖縄を1泊2日で終えてしまうというのはもったいなかったですが,仕方ありません.再び行くことがあるかどうかはわかりませんが(多分ありません),もし機会があるのであれば,今度はもう少しゆっくりしたいなぁと思いました.

さて,修士1年のときに学会発表で四国へ,社会人1年目のときに学会発表で北海道へ,社会人3年目の去年職員旅行で九州へ,そして今回職員旅行で沖縄ということで,日本列島の主な島は足を運んだということになりますかな.

体重報告やめます 

記録するのがいい加減面倒になったのでやめます.(誰も楽しみにしている人などいないと思うので問題ないでしょう)

10月下旬にやった健康診断の結果,またコレストロール値が224で最大標準値219を5オーバーしました.

来春の健康診断には200くらいになるように努力したいと思います.

ああ,我が人生は一生節食と運動をしないと健康を保てないのか・・・いや,こうしてまだまだ健康でいられるのだから喜んでやらせていただこう.

今日は「犬の日」 

chako1ペットフード工業会等6団体が1987(昭和62)年に制定,犬の鳴き声「ワン,ワン,ワン」の語呂合せだそうです.

犬についての知識を身につけ,犬をかわいがる日でもありますので愛犬を飼われている方はより一層かわいがってあげましょう.もちろん毎日そうしてあげた方がいいんですけどね.

私にはもはやかなわないことですので・・・.













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