お道と臨床と~心づくりのたね~

お道(天理教)と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.日記風なこともわりとあります.

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初代会長の出直し(1) 

祖父(初代会長)が27日4時50分出直しました.享年85歳でした.

26日に勤務後に病院に寄っておさづけを取り次いだときは口や首をずっと動かしていたのですが,意識はない状態でした.話しかけると微妙に反応があるときもあったのでもしかしたら聞こえてるのかもしれないという感じもしました.祖母が2月26日の祭典日の晩に出直しているので祖父も26日に迎えとり・・・ということも考えましたが,その兆しはなさそうに見え(素人目です),この感じならそのうち持ち直すだろうという期待をもって病院を後にしました.

27日朝4時半頃,病院より呼吸が止まっていると電話があり,会長と末弟と3人で病院に駆けつけました.祖父が入院している病院は次弟が介護士として働いている施設を併設しているので,ちょうど夜勤だった次弟と連絡をとり,次弟には先に病院に行ってもらいました.病院に到着し,祖父の部屋に入ると次弟が涙目で「出直したよ」と言いました.私たちは15分ほど遅く到着したのです.間に合わなかったのは悔やまれましたが,幸いにして次弟が看取りの場に立ち会うことができたのでよかったです.

入院した直後はそろそろやばいかもなと思いましたが,昨日の感触からは回復するだろうと思っていたのでショックでした.しかし,85歳なので十分に生きたのかもしれないという思いもあり,85年間お疲れ様と声をかけました.

最初に涙を流したのはいつだったでしょうか.祖父が家に帰ってきて,祖母の弟夫婦が会いにきたときだったでしょうか.「でもよく看たね,頑張ったね」と声をかけられたときにどっと悲しみがあふれてきました.それから今までに何度涙を流したかわかりません.予想外だっただけに悲しみも強く,悔いもありました.

おやさまが現身をお隠しになられた日でもある春季大祭の翌日の出直し,祭典日ではありませんでしたが,どちらも祭典が終わってからの出直しですし,祖母とはわずか5時間半ほどしか変わりません.仲がよかった夫婦だっただけに,何かつながりを感じるところがありました.祖母はいつも心配して溺愛していた山口の娘の教会で出直し,祖父は初代会長として長年つとめた教会に帰ってきての出直しと,それぞれ思いにかなった出直しのご守護をいただけたのではないかと思わせていただき,とてもありがたく思いました.

(つづく)
初代会長の出直し(2)
初代会長の出直し(3)
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祖父の容体 

先ほど病院に祖父の様子を見に行った次弟の話によると,口や手を動かしたり,昼間よりはちょっとよくなっているような兆しがあるようです.回復に向かってくれるといいです.

祖父の入院 

昨日,勤務中に会長から,祖父が昼過ぎなのにまだ起きないと電話がありました.前日の診察でリスパダールとセルシンという薬が出ていたので,その影響ということも考えられましたが,高齢ということもあり心配なので,救急車を呼んで病院を受診するように促しました.

その後の母の連絡によると手足の麻痺があるが脳障害は心配ない,肝臓と胆嚢が悪いということでした.脱水症状を起こすといけないので入院となりました.とりあえず大事にいたらなくてほっとしました.昨晩は2ヶ月ぶりに祖父が不在でしたので家の中は少し寂しい感じがしました.

今朝,いつものように出勤したのですが9時過ぎに会長から電話があり,病院から容態悪化との知らせがあったというので,私も予約がなかったので有休届けを出して帰り,会長と病院へ行きました.祖父は寝ているのか意識がないのかよくわからない状態でして,眼球が上転していました.

おじや弟たちにも連絡がいったので,6人ほど集まりました.医師の病状説明によると,今のところ原因不明ということでした.高齢ということもあり,命の危険性は五分五分と説明がありました.もしものとき,延命措置をどうするかも訊かれましたが,おじとおばの希望により寿命いっぱいということで延命措置はしないことになりました.

この歳まで命をお与えいただいていると後は神様のお働き次第でしょう.心肺機能が停止するときは神様が祖父の魂をお迎えとりにくるときでしょうから,悲しいですが寿命として受け入れたいと思います.祖父もこのう85年間精一杯生きたのでしょうから,最後は周囲の都合ではなくゆっくり休ませてあげたいですね.ただ,そのときがくるまではできる限りのことをしたいです.もしかしたら,復活してまた自宅に帰ってこれる可能性もありますし,お年寄りの容態は本当にどう転ぶかわかりません.ただ,自宅に帰ってたとしてももう寝たきりだとは思いますが・・・.

急なことだったのでびっくりしましたが,祖父が入院したことで,祖父の介護は大変だけれどもその中にも笑いがあり,喜びがあったことを改めて実感することができました.やはり身の回りに起こる事象に無駄はありません.どんなことにでも意味があります.そして,そう思わせていただけるお道の信仰は,親神様,おやさまの教えは本当にすばらしいです.

祖父の通院日 

今日は月に1度の祖父の通院日でした.

午後から私と次弟とで行ってきたのですが,なかなか大変でした.
ここ数日祖父がぐでんぐでんでほとんど自力で歩くことができず,車に乗せるのも二人がかりでようやくできたという感じです.介護保険で車椅子を借りていますので,駐車場からもう車椅子です.心電図とレントゲンをとったのですが,立つことができず,やむなく座ったままでとってもらいました.

診察ではデイサービスを受けるための診断書を書いてもらったのですが,介護の仕事をしている次弟に言わせると多分状態が重すぎて通らないだろうということです.担当のケアマネージャーがどこまでがんばってくれるかにかかっていると言えるでしょう.

介護は本当に大変です.経験してみて身に染みてわかりました.何でもそうですが,通った道しか真に理解することはできません.また,語ることもできません.こうして苦労した経験は話の台となりますし,将来へのよい種まきとなることと思います.何より初代である祖父への恩返しになっていると思います.

研修帰り 

車内です。夜遅くまで働いている人はたくさんいるんですね。

今日で3ヶ月の長い研修が終わりました。片道2時間以上かけて通っていたのでかなり疲れましたがいい勉強になりました。これを日頃の臨床に活用していけるようにしたいと思います。

役立たずチェーン 

昨晩,用意周到にチェーンをつけてから寝たのですが,今朝起きると見事に一粒の雪さえ積もっておらず,降った形跡さえありませんでした.出勤前にチェーンを外して出勤したわけですが,外すときに車輪に絡まってしまい外すのに苦労しました.

実用こそありませんでしたが,取り付け―取り外しという一連の作業をしましたので今後いつ雪が降ろうとも対処できそうです.今日雪の中を走行できなかったのはちょっと残念な気もしますが降らないにこしたことはありません.とりあえずは練習にもなったしよかったのかなと思います.

はじめてのチェーン 

今晩から明日の午前中にかけて雪が降るらしいので,チェーンを装着しました.
2年ほど前にもしものときのために買っておいたチェーンがついに役立つときがきたのです.
初めてだったので説明書を見ながらやりまして30分くらいかかりました.敷いたチェーンの上にうまくタイヤが乗ってくれないとやり直しなのが面倒でした.
装着後説明書にあるとおり,100mほど試運転をして終了しました.明日積雪や凍結がなければチェーンを外して出勤ということになります.外すのはそれほど時間はかからないと思うので,積もらないにこしたことはありません.

ちなみに3年ほど前に軽く雪が降ったときにはつるつるのタイヤの車で出勤したのですがアイスバーンでスリップしフェンスに激突しそうになったのでやはり危険です.チェーンを履いて安全運転で行きたいと思います.

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メモリ交換 

医局の先生より512MBのRAMを2枚もらったので自宅の愛機e-machines J2950のメモリを交換しました.
メモリには相性があるので,交換して起動するかドキドキでした.最初,ピーピーとBIOS警告音が鳴ってダメかと思いましたが,メモリを差し直してみると,問題なく起動しました.これまで256MB×2枚でしたので,ちょっと快適になった気がします.ありがたいです.

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ポイント制減量プログラム 

17日よりついにずっとやろうと思っていたポイント制の導入を実現しました.

トレーニング内容の1メニュー1セットを1ポイントとして計算します.腕立て,腹筋,背筋,ダンベルを2セットずつやっていますので,8ポイントになります.プラス1日「間食」しなかったら2ポイント,さらにジョギングをおこなった場合は10分につき1ポイントが加算されます.

今の生活スタイルではジョギングはなかなか難しいですが,筋トレと食行動を守れば,少なくとも10ポイントを1日に獲得することができるわけです.そして,ポイント制の醍醐味はポイントが一定値たまるとご褒美がもらえるということです.とりあえず100ポイント,500ポイント,1000ポイント,その後は500ポイント毎にご褒美を与えるという方針でいきたいと思っています.

自発的に行ったある行動に対して強化子(報酬)を与えると,学習理論的にはその行動の生起頻度は増加します.したがって,私の減量プログラムも筋トレ,ジョギング,無間食とそれぞれの行動を遂行することによって一定のポイントがもらえる,そしてそのポイントをためることでご褒美がもらえるという強化スケジュールが成り立ち,私はプログラムを頑張ることができるわけです.つらい作業には是非強化子をもうけるといいですよ.自分にご褒美です.

ちなみに,ご褒美が何であるかはまだ考えていません.3日間でもう30ポイントたまったので,100ポイントのご褒美を考えておかねばなりませんな.もちろん食べ物以外で.

ダブルヘッダー 

看護学校での講義と病院の看護実習生への講義とダブルでした.しかも内容はどちらも心理検査.ちなみに一昨日の16日は看護学校とデイケアでアートセラピーのダブルヘッダーでした.

さて,午後の実習生に対して成人式の話から派生して私の齢を聞くと…
23歳…1名
25歳…3名
26歳…1名
28歳…1名
32歳…1名
となりました.

弟に言わせれば32歳と答えた人が正直者で他の人はお世辞となるでしょうが,私はそうは思わないことにします.私もまだまだ頑張れますかな(←何を?)

年齢の話は過去にもありましたね.
学生との会話
看護実習生への講義

月次祭 

1月の月次祭,11人で結構につとめさせていただきました.
私は地方(兼拍子木)とおてふりをさせていただきました.

直会では皆さんがお供えしてくださったものを神殿で皆で一緒にいただきました.神様におあげした真実を分け隔てなく皆一緒にいただく,よい姿だなぁと思います.

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キン肉マンコンプリートDVD-BOX 

キン肉マン29周年記念サイトにて完全予約限定生産でキン肉マンコンプリートDVD-BOXが紹介されています.2008年12月20日発売で予約締め切りは7月13日,お求めの方はサイトへどうぞ.

なんとルール破りの復刻版キンケシ418体付きというキン肉マン好きにはたまらない特典もついています.めちゃめちゃほしいですが,10万円なのでとても買えません...断念.

なぜ29周年記念?中途半端な・・・と思った方もいるかもしれませんが,29は肉(にく)と読めることから,キン肉マンにとっては非常に意味深い節目の年となるわけです.

幼い頃,兄弟5人で毎週テレビにかじりついて見ていたキン肉マン,さまざまな超人が登場してかなり熱くなりました.カラオケでも『キン肉マン GO FIGHT!』『炎のキン肉マン』『肉・2×9・Rok’n Roll』『キン肉マンボ』はよく歌います.特に『炎のキン肉マン』は聖闘士星矢の『ペガサス幻想』『ソルジャードリーム』に並ぶ私の18番でもあります.久しぶりに歌いたくなってきました.

ところでキン肉マンにつきものなのが「友情パワー」です.私も久しぶりに燃やしてみますかな.

キン肉マン コンプリートBOX (完全予約限定生産)キン肉マン コンプリートBOX (完全予約限定生産)
(2008/12/20)
神谷明、松島みのり 他

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キン肉マンマッスルグランプリ MAXキン肉マンマッスルグランプリ MAX
(2006/07/27)
PlayStation2

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月次祭準備 

勤務終了後,お供え物の買出しにいき,家に帰ると8時でした.冷蔵庫に食べ物がなく,お腹をすかせた次弟と祖父と母が待っていましたので,食事にして,その後私が祖父を風呂に入れて寝かす間に(実に50分)次弟が調餞をしてくれました.

今月のお供え物は白菜,キャベツ,大根,かぶ,にんじん,ほうれん草,小松菜,じゃがいも,玉ねぎ,スウィーティ,ぽんかん,パイナップル,ハネジューメロンです.

速度.jp 

有線LANケーブルが切れそうで限界でしたので無線LANにしてみました.

速度.jp スピードテスト 高機能版 回線速度測定結果
http://zx.sokudo.jp/ v3.0.0
測定時刻 2008/01/15
回線種類/線路長/OS:ADSL/2.5km/Windows XP/

下り受信速度: 5.2Mbps(5.21Mbps,652kByte/s)
上り送信速度: 980kbps(981kbps,120kByte/s)
診断コメント: 下り平均速度は4.8Mbpsなので、あなたの速度は標準的な速度です。(下位から60%tile)


田舎なのでNTT局から遠いですが,まずまずの速度です.
皆さんはどれくらい速度出ますか?

父の出直し(続き) 

昨日に続いて、通夜、告別式の日記です。これも限定公開となります。
明日で父は55歳になる日であります。歳はもうとらないけれど、父が命を授かって生かされ始めた大切な日であります。
ちなみに日記の最後の方は「北斗の拳」の流れをやや汲んでいます。当時大好きだったもので。

(公開は終了しました)

お墓参りより父を思う 

昨日は父の命日でした.

会長の実家の大祭であったため,会長は参拝に行っていましたので,地区のお祭り当番の引継ぎに私が出席しました.年配の方ばかりでしたので1人若かった私はたくさんお酒をつがれました.父の話が出たとき,「教会で塾やってたとき通ってたのよ」というおばさんがいまして,けっこう縁があった人って地区にいるんだなぁと改めて思いました.

集会所での会合が終了後,敷地内にお墓があるのでお墓参りに寄っていきました.桶に入れた水を「父さん出直してもう5年になるねぇ」とかつぶやきながらかけていますと,なぜだか急に涙が出てきました.お酒を飲んでいたせいかもしれませんが意外なことでした.普段懐かしむことはあっても涙が出ることなんてないのに不思議なものです.思い起こしてみると,お墓参りをしているまさにそのときに父より労いの言葉をかけてもらった感覚があった気がします.「この5年間まおもよく家族や教会のことをみてきてくれたな」と言われたような気がしたのです.(おそらくこの言葉は自分自身の内面から沸いてきた承認願望なのでしょうが・・・)

同時に生前の父と御霊の父に対する感謝の念が伴っていたことも記述しておく必要があるでしょう.父ありてこその私,親ありてこその私です.なれば父の思いをいでいくことが子が親にできる最大の孝行でしょうし,父が大事にしていた家族やお道の教えと実践を大事にしていくことが父への最大のご恩返しとなるでしょう.そして,それはお道を信仰する私にとっては親神様への報恩感謝にもつながる道であると思います.

今日は次弟が祖父をお墓参りに連れていく予定です.祖父は5年を振り返り何を思うのでしょうか・・・.

未読の方は以下も閲覧ください.
命日を前に父を思う
父と雅楽と私

父の誕生日
年祭

父の出直し~当時の日記より 

父の出直しから丸5年、当時私がこの日のことを忘れまいと記録しておいた日記を父の誕生日の15日まで限定公開します。

(公開は終了しました)

命日を前に父を思う 

未読の方はまず以下を閲覧ください.
父と雅楽と私

父の誕生日
年祭

明日,父が出直して丸5年を迎えます.父親不在の生活にも慣れたものですが,生きていたらどんな感じだったろうかということを,晩年の延長から考えてちょっと綴ってみたいと思います.もちろん人生に「たられば」はなく,今あることに喜びを見出すことが肝要なことは承知ですが,1つの節目を迎えることから考えてみたいと思うわけです.

もし生きていたとしたら1月15日で55歳の誕生日を迎えます.ということは今日の段階では54歳です.在世時は教会長としてつとめる一方,家族の生活と伏せ込みのために早朝3時頃から市場にバイトに出ていました.教会に帰ってくるのは早くて朝の9時頃,配達など頼まれて遅くなると昼過ぎ,夕方くらいまでかかることもあったようです.

バイトのあと教会の御用や祖父母に頼まれたこと,数少ない信者さんのおたすけに出かけることなどあり,体力的にはかなり辛かったろうと思います.市場から帰って寝ずにそのまま一日動き続けるのも大変なことですが,いつ考えてもすごいなぁと思うのは,本部月次祭の際には市場で働いた後,車を運転して550kmのおぢば帰りをしていたことです.しかも交通費節約のために高速道路ではなく下道で帰るのが常でしたので12時間以上かかるのは当たり前であったと聞いています.往復して帰ると翌日にはまた市場の仕事があるので本当に大変だったろうなぁと思います.私が天理にいた頃に詰所に会いにいくと寝ていることが多かった記憶があります.それも無理のない話です.高校・大学・大学院と天理,おじの教会で生活させていただき,自教会を離れていた私は父の苦労というのを目の当たりにしていませんでしたので,当時はさほど深刻に受け止めてはいませんでした.これも今思えばもっと父の苦労をわかるんだったと悔やまれます.

仮に平成15年1月13日に出直すことなく生きていたとしたら,その後1年余りは相変わらず大変な生活を余儀なくされたろうと思いますが,平成16年3月には大学院を修了した私が教会に帰ってきて4月よりつとめに出ましたので,当時の私の稼ぎでは父のバイトの給料にさえ届きませんでしたが,父も少なくともバイトを減らすことは可能であったはずです.5年経った今の状況であれば,仕事をせずとも道一条につとめることができ,体調のことも考えながら生活することができたのではないかと思います.「あと1年半生きてくれたら楽をさせてあげられたのに」という思いは今でもあります.

お道の冠婚葬祭の儀の執り行い方についても折に触れて私に色々指導してくれたでしょうし,ときにはお酒を飲んでお道に対する父の考えなどを聞いて議論もしているだろうと思います.父がどんな思いで教会長としてつとめていたのかを知る機会を持たぬままでしたからね.私が臨床心理士として働くのを一番楽しみにしていてくれたので,お道と臨床とを成り立たせていくために色々アドバイスもくれたかもしれません.冠婚葬祭については近くの教会やおじ,上級会長に教えていただくことがありますが,やはり父に教わりたかったと今は思います.いないからこそ思うのでしょうけれど.いたらいたで口うるさいなぁと思うと思います.ないものねだりですね.

寡言でしたが芯がしっかりしていましたので(頑固さもあり),私たち息子たちに必要なときに必要な言葉をかけてくれたろうと思います.前にも書きましたが怒ったときの「三角の目」は未だ兄弟の中で恐れられています.ありえないくらい怖かったです.しかし,父親たるもの親として絶対譲れないところではそうした強さを発揮することも必要で,その強さがあったからこそ,私たちがそれなりにまっとうな道を歩むことができたのだと思います.父の強さは家庭内だけにとどまりません.私たち息子は5人とも皆成人しておりますが,まだ若輩ゆえ家に母親しかいないということはどうしても社会的に弱く見られやすいということが何かとあったように思います.「父さんがいたらなかったろうなぁ」と思うことはしばしばありましたので,父親の果たしていた役割の大きさというのを改めて実感することができましたし,それは自分がいずれ親にならせていただくご縁をいただいたときの道標となり,「父のように強くあろう」という意志を与えてくれるものであると思います.

とりとめないですが,思いついたことを書いてみました.

明日は母の実家の大祭です.母は参拝に行きますので,私は祖父の世話です.父の命日に父の父親の世話をさせていただける,イライラしてしまうこともときにはありますが,父にはいくら望んでもできないこと,父の役目を担わせてもらっていると思って,ありがたくつとめさせていただきます.祖父が生かされていることも本当にありがたいと思います.

疲れが… 

体調不良です。何かとやることいっぱいで疲れがたまったのでしょう。祖父が風邪をひくのが一番まずいのでマスクをしていました。
早いですがもう寝ることにします。皆さんも体調には気をつけてください。おやすみなさい。

おやさま物語 

研修帰りです。

車内で4~5巻を読んでいたのですが、4巻の本席様-飯降伊蔵先生が出直した場面、涙が滲みましたよ。

「百日のさしづ」を終えて、本席としての親神様から与えられたお役目を果たしての出直しだったのでしょうね。

思えばこの「おさしづ」と「みかぐらうた」「おふでさき」のみが神意を記した原典であるわけですから、我々は判断に迷ったときはその都度、理の親のお言葉である原典に立ち返る必要があると改めて思いました。となるとやはり教理の研鑚は欠かせません。もう少しやらないといけないと思いました。

同時に劇画を通して今の自分が申し訳なくなってきました。当時の道の先人のどれほど神一条であったことか。私の現状はよふぼくとしておたすけに出歩くわけでもなく、仕事と教会の御用だけ、教会に衣食住を結構にお与えいただく中に胡座をかいているのではなかろうかと思いました。自分はあまりにも未熟すぎます。うーん。。。。。。

一番くじ~こんなものHUB賞 

080107b.jpg12月下旬の話ですが,記事にしていなかったので遅ればせながら書きます.

やってくれました次弟!.
一番くじで「こんなものHUB賞:テム・レイのパーツ型USB HUB」を当ててくれました.
この回路はアムロの父親,テム・レイが開発したものですが,古すぎて使い物にならないという代物です.

ちょっと本編から関連台詞を拾ってみましょう.
サイド6のコロニーでアムロが父親と再会するシーン.

テム 「ほら,何をしている,入って入って」
アムロ 「こ,ここは?」
テム 「ジャンク屋という所は情報を集めるのに便利なのでな.ここに住み込みをさせてもらっている.こいつをガンダムの記録回路に取り付けろ.ジオンのモビルスーツの回路を参考に開発した」
アムロ 『こ,こんな古い物を.父さん,酸素欠乏性にかかって』
テム 「すごいぞ,ガンダムの戦闘力は数倍に跳ね上がる.持って行け,そしてすぐ取り付けて試すんだ」
アムロ 「はい,でも父さんは?」
テム 「研究中の物がいっぱいある.また連絡はとる.ささ,行くんだ」

(機動戦士ガンダム 第33話 コンスコン強襲より抜粋)


080107a.jpg
さて,テムのいうすごい回路,アムロのいうこんな古い物がこの回路です.

一番くじサイトの紹介に「USB2.0が主流の中、あえて1.1とすることで作品における回路の役割にまでこだわりました。ガンダムの魅力を知りつくした「一番くじ」ならではの心憎いアイテムです!」とあるように,ホントこだわりすぎです.1.1ではデータ処理には使いにくくて仕方ありません.

テムの開発した回路をガンダムの記録回路に取り付けたら,数倍に跳ね上がるどころか性能が落ちるように,PCのデータ転送回路に組み込んだら,データ処理速度が落ちることは間違いなしです.アムロは父の元を去った後,地面に投げつけていましたが,私にはそんなもったいないことはできませんので職場のPCのスキャナーとかテンキーの接続に使うとします.

おやさま物語 

新年早々、色々とやることがたくさんあってブログを書く時間が十分にとれません。夜は連続睡眠が難しいので基本的に早く寝ないといけませんし、今日もちょっと書けません。

あ、今日は電車で「おやさま物語」を読みました。小学生の頃に読んで以来ですので懐かしかったです。かなり忘れているところもあり、勉強になりました。1巻から読み始めて、今3巻「扉ひらいて」の終わりの方です。もうすぐおやさまが現身をお隠しになられます・・・。

神一条って難しいですね。3巻26頁の以下の言葉が心に残りました。

人間の義理を病んで神の道を潰すは道であろうまい 
人間の理を立ていでも神の理を立てるは道であろう 
さあ 神の理を潰して人間の理を立てるか 
人間の理を立てず 神の理を立てるか

親神様の思いに沿う心遣いやおこないを選択してこそ、「道」を歩むお道の人間なのでしょうが、どうしても人間思案をしてしまいますよね・・・。日々「道」を歩めるように成人させていただきたいものです。

劇画 教租(おやさま)物語劇画 教租(おやさま)物語
(1992/05)
中城 健雄、服部 武四郎 他

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祖父の涙 

仕事を終えて家に帰り、台所に祖父を連れてきて、はんてんを羽織らせていると、突然「ありがたいなぁ」と言ってテーブルに手を置いてその上に顔を伏せて泣いてしまいました。「皆が本当によくしてくれてありがたいなぁ」と言ってオイオイ泣いていました。末弟と一緒に「泣くなよ」と声をかけました。すると、起き上がり「お茶入れてくれや」と言います。ちゃっかりしてるなと思いつつ、お茶を入れました。

祖父は私たちが子どもの頃、「男が泣いていいのは人生で3度だけだ」と言って聞かせてくれました。それは①生まれたとき、②父親が出直したとき、③母親が出直したときです。私は幼い頃、それを信じていました。

木から落ちて肋骨を折っても、チェーンソーで肩を麻酔できないほどに深く切っても、涙ひとつ見せなかった祖父でしたが、私の父―つまり祖父にとっての息子が出直したとき、脆くもその神話は崩れ去りました。当時、私は23歳でしたが、じいちゃん話が違うじゃないかと思ったものです。よくよく考えられば、乳幼児の頃さんざん泣いているはずですし、今更思うことでもないんですけどね。

今日は祖父の涙を見て、一時的にしろそれほどのうれしさを感じてもらえるのなら、毎日お世話している甲斐があるなぁと思いました。今は私の隣の部屋でまったく別の感情状態になっていることと思います。夜の介護は何度も用を足すのに起きるのでしんどいこともありますが、起きるたびに生かされていることを確認できるわけですから、2度と目覚めないことに比べればずっとありがたいことだなぁと思いました。

昨晩今晩と私が介護です。今晩も頑張ります。

仕事初め 

今日は仕事初めでした。正直起きるのは少々辛かったです。

いつも通り出勤し、10時より顔合わせがあり、会長、院長と挨拶がありました。その後通常勤務へと戻ったわけですが、今日は外来がなくで臨床心理の仕事は特にありませんでしたので、デイケアの買い物などの手伝いを1日やりました。いきなりカウンセリングですとエネルギーを使ってどっと疲れそうなのでいいウォーミングアップになった気がします。

明日からは外来が始まり、普通に患者さんが通ってきます。明日のためにも今日は早く寝るであります。

お正月休み終わり 

この3日間で何人かの方が参拝に来られました。

今日の昼過ぎに25年ほど前に住み込んでた方が参拝に来られました。毎年、数回参拝に来られます。彼が修養科中の教養掛が祖父だったようで、修養科後、うちの教会に住み込んでいたのです。今は税理士として活躍中で、私も確定申告のときにはお世話になっています。

私が3歳くらいの頃から知っているので、もう慣れ親しんだもので、うちの教会を気に入ってくれて遠くから足を運んでくれます。とても嬉しいですしありがたいです。3時間ほど話し込んだ後、今度は秋に来るよと言って帰りました。

思えば、昨年11月の大祭に彼と長兄のおじが飲んで泊まっていって、翌日駅まで送っていき別れ際に彼には「お正月待っています」と、おじには「来月の月次祭に待っています」と言って、前者は今日その約束は果たされましたが、後者は果たされることはありませんでした。本当に当たり前のようにやってくると思っていたことが起こらなかったのです。もちろんこれも親神様の深い思惑あってのことと信仰的には理解していますが、やはり当たり前じゃないんだなぁということがしみじみと実感できます。

彼にはまた秋に元気な姿で教会に参拝に来ていただきたいと思います。
目の前に在るその人とのひとときを決して当たり前と思わず、感謝して通らせていただきたいと改めて思いました。

明日から仕事です。6日も休んだので正直ちょっとやだなぁという気持ちはありますが、自分を含めた家族の健康あってこそ通えることですので、気持ちを入れ替えてがんばりたいと思います。

(微妙に)関連していますので未読の方は以下も閲覧ください。
父の友人の身上
父の友人の出直し

元旦祭 

あけましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。本年もまおと「お道と臨床と~心づくりのたね~」をよろしくお願いいたします。どうぞ気軽にコメントなどくださいませ。

さて、元旦祭は9人(うち家族6人)でつとめさせていただきました。若い女性が3人と教会もにぎやかでした。夕方には長兄と嫁さんも帰ってきて11月の結婚式の写真を見せてくれました。

今年1年はどんな1年になるでしょうか。いいように成ってきたことを喜んで通らせていただきたいと思います。

大晦日 

大晦日も1日中動きっぱなしでした。
朝、早起きして市場に買出しにいきましたが、30日までなのを忘れていまして、店はやっていなくて何も買えませんでした。お供え物の買出し、三方拭き、調餞、お社内掃除などなど充実した1日を過ごさせていただきました。夜は皆で鍋を囲み、にぎやかに過ごしました。10時過ぎにダウンしましたが、0時前に弟たちに起こされました。0時より献餞を開始し終了後、新年の挨拶をして就寝となりました。
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