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お道と臨床と~心づくりのたね~

お道(天理教)と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.日記風なこともわりとあります.

バーンアウト(1) 

皆さん,色々なところでご活躍のことと思いますが,仕事を続けていて・・・疲れた,もう働きたくない,つまらない,対象者に声をかけられるのがいやだ,話を聞くのがめんどうくさい,朝仕事にいくとき憂鬱だ,などと感じることありませんか?たまに思うことは誰にでもありますが,それが日常的になるとつらいと思います.進行するとそのうちに仕事をするのも,患者・利用者の顔をみるのも嫌になり,精神的に消耗して,転職や離職さえ考えるようになってきます.

これは燃え尽き症候群あるいはバーンアウトと呼ばれる症候群で提唱者のFreudenbergerによると「長期間にわたり人に援助する過程で,心的エネルギーが過度に要求された結果,極度の心身の疲労と感情の枯渇を主とする症候群であり,卑下,仕事嫌悪,思いやりの喪失」 と定義されています.今,バーンアウトは様々なヒューマン・サービスの現場で,進行性のストレスとして問題となっています.特に医療従事者・教育者・老人介護者などは注意が必要です.

どんな症状を示すのかというと,以下のような症状を示します.
(1)情緒的消耗感―これは疲れてもう働けないという気持ちです.
(2)達成感の減退―これは仕事に喜びを感じなくなります.
(3)脱人格化―患者や対象者への対応が機械的になり,質の高いケアができなくなってきます.
(4)固執的態度―患者や対象者と真剣に接しない態度を合理化するようになり,仕事のことがどうでもよくなってきます.
(5)行動異常―サービス提供者としての望ましい行動の枠組みを失ったり,バランスを欠いてきます.不眠・倦怠感など様々な身体症状も出てきます.

症候群と言われるだけあって色々な症状を示しますよね.

さて,サービスの質を落としかねないバーンアウトですが,なりやすい性格の人というのはいるのでしょうか?どういう性格が燃えつきやすいのか,以下にあげてみます.

(1)仕事への理想が高い人
(2)仕事に対してひたむきな人
(3)要求水準が高く自分に厳しい人
(4)完璧主義な人
(5)真面目で几帳面な人
(6)感情移入しやすい人
(7)奉仕的精神が強い人

おやおや,よく見るとこれらって,よいサービスを提供するのにある程度は必要な性格ですよね.ここに矛盾というか難しさがあるのですが,燃えつきにくい人を選ぶことは,ヒューマン・サービスの質の低下になる恐れがありますし,かといってひたむきで熱心な人を雇うと燃えつきる可能性があるのです・・・熱心で献身的な姿勢はこれらサービス業に必要なのですが,それがかえってバーンアウトを引き起こす要因になっているのです.いわゆる職業病として捉えることができます.

性格以外にもリスクはあります.それを以下にあげてみます.

(1)ヒューマン・サービスという作業環境―職業病と言われる所以です.
(2)年齢や経験の不足―1年未満はまだ燃えているので,勤続2~5年くらいが要注意です!
(3)度重なる患者の死
(4)患者・対象者との接触頻度の多さ
(5)仕事の切迫感
(6)管理体制の不備―労働に見合った報酬が得られているか,勤務体制に身体的・精神的負担はないか

職業病として位置づけられている以上,予防策が必要になってきます.どうやって予防しましょうか.このバーンアウトとやらを.

それにはストレスモデルについて少し説明する必要があります.環境から受けるストレスの要因となるものを「ストレッサ」と呼びます.ストレッサによって受ける心理的負担をストレスと呼びます.そしてストレスの結果生じる非特異的反応を「ストレン」と呼びます.バーンアウトはストレスが蓄積された結果生じてくる反応ですから,「ストレン」に当たります.しかし,予防には「ストレッサ」「ストレス」「ストレン」のどこからでも手を打てるのです.

(1)ストレッサを解消・軽減する方法
(2)ストレスを解消・軽減する方法
(3)ストレンを解消・軽減する方法

さて,それぞれの方法についてですが・・・ちょっと疲れたので,続きは次回にします.
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「眠り浅い?寝過ぎると成績ダウン」はあやしい気が・・・ 

眠り浅い?寝過ぎると成績ダウン 京都・八幡市教委が睡眠調査

睡眠が「8時間以上」の中学3年生と、「6時間未満」「9時間以上」の小学6年生は、眠りの浅さなどによりテスト正答率の低さが顕著であることが26日、昨年実施した全国学力テストと学習状況調査を独自に分析した京都府八幡市教育委員会のまとめで分かった。
(中略)
睡眠時間と正答率の相関関係が顕著だったのは中3。睡眠が「8時間未満」までは大きな差はなかったが、「8時間以上9時間未満」の生徒は「7時間以上8時間未満」の生徒に比べ2~7ポイント点数が低く、「10時間以上」になると28~35ポイントも落ち込んでいた。


こういうまとめを発表してくれるのはありがたいのですが,これって本当にきちんと調査したのだろうかとまず疑いたくなります.統計学はあまり詳しくはありませんが,単に「睡眠時間と正答率の相関関係」だけの測定であればあまり参考にならないと私は思います.「眠りの浅さなどにより」とありますが,眠りの浅い深いをどう測定したのか?ということや,睡眠時間と学習時間は連動している可能性もありますので,学習時間の影響をきちんと排除して測定したのか?ということなどがひっかかります.多く寝ていればそれだけ学習時間も少なくなるわけですし.そのほかにも個人の元々の学力や知的能力の影響もありますので,単に2変数の相関関係であれば,結果以外のことはすべて推測の域を出ないわけですから,グレーな部分が多すぎる研究結果だと思います.

親御さんたちはわが子を思うがゆえ(そうでなく自己愛的延長として子どもに期待をかける親もいますが・・・),こういう記事には敏感なのですから,どこまでが結果から言える事実でどこからが結果から考えられる推測なのかをきちんと提示してほしいと思いました.熱心(?)な親御さんが早くよく寝る子どもを無理矢理遅くまで起こすなどという安易な対応につながりかねません.子ども一人一人に必要な睡眠時間は違います.7時間で回復する子,9時間で回復する子,たくさん寝た方が力を発揮できる子,あまり寝なくても力を発揮できる子と個人差があるのですから,どうかこういった情報に惑わされるよりも目の前にいるお子さんの個性を理解し尊重してあげてくださいね.

講義最終回 

最近あまり講義の記事を書いていませんでしたが,実は今日が最後の講義でした.

講義の最初に講義のパワーポイントが入っているフラッシュメモリにちょうど祖父のスライドショーが入っていたので,学生に「見ますか?」と訊くと「見たいです」という声が何名かから返ってきたので,鑑賞会(?)をはじめに行いました.元々静かなクラスなのですが,さらに静かになりしんみりしてしまった感じがして授業の導入に若干の戸惑いを覚えましたが(←自分でまいた種),家族の尊さなどについて少しでも何かしたら感じてもらえたのなら,十分に流した価値はあると思いました.涙を流すほど感動してくれた学生もいたようでした.

さて最終回の今日はバーンアウト(燃え尽き症候群)について話をしました.バーンアウトについては,旧ブログでも記事を書いているのですが,当ブログでも近々改めて転載したいと思います.

燃え尽き症候群(1)
燃え尽き症候群(2)

講義の最後にいつものように感想を書いてもらい,今日の感想のほかに全体を通してのよかった点や改善点なども書いてもらいました.スライドショーが感動したという声がわりと多くありちょっと嬉しかったです.全体の感想としてはガンダムが楽しかったという声が多くあったのですが,あまり知らないので台詞などに対してどうリアクションしていいのかわからなかったという声など改善点にガンダムが含まれているコメントが2,3あり来年度以降の講義にいかに組み込んでいくかが大きな課題となりそうです.

帰りがけに二人の学生が「つらかったですか?」と声をかけてくれまして「私たちのクラスは反応ないからつらかったでしょう」と.「でも,先生の授業が今までで一番反応していましたよ」という言葉をもらいまして恐縮ながらも少し嬉しかったです.確かに反応がないとやりにくいというのはありますので折れそうになったこともありましたが,折れずにやり遂げた甲斐がありました.

来年もまたご依頼いただけると思うので,今年よりはいろんな意味でよい講義ができるように頑張りたいと思います.学生さん,よい機会をありがとうございました.また来年,実習で会いましょう.

お墓参り 

仕事帰りにお墓参りにいってきました.祖父の納骨が来月9日にあるので,墓誌がありませんでした.名前を彫るのに石屋さんが昨日持って行ったようです.

わがやの墓は自宅から500mくらいのところにあります.祖母の兄の墓,わがやの墓,信者さんの墓所,祖母の弟の墓と4区画並んでいます.祖母の弟の墓にはまだ誰も入っていませんので参拝はしませんが,いつも3箇所をお参りします.50日祭前に一度掃除にいかないといけませんね.

ばあちゃん,もうじきじいちゃんが入るからよろしく.

祖母の命日 

今日は祖母の命日です.

2年前の2月26日祖母は84歳で出直しました.
同い年の祖父は先月26日に2月2日の86歳の誕生日を前に85歳で出直しております.

平成18年の年末より山口の伯母の家に祖父と療養にいっていたのですが,祖母は癌が再発していたので12月に送り出したとき,もう教会の土を踏むことはないのだろうと覚悟していました.

2月下旬になって伯母が「そろそろかもね」という話をしていたので,2月の本部月次祭に参拝させていただき,夜山口の教会へ帰る車に便乗させてもらう予定で天理に発ったのですが,容態の変化の連絡があり一足先に叔父と山口に向かったおかげで,叔父が祖母の手を握り,祖父,伯母,私と家族に囲まれながら,静かに出直しのときを迎えることができたのでした.長男である私を3年前に出直した父の代わりとするならば,祖母は3人の子と夫に囲まれて布団の上で息を引き取ったというとてもありがたい出直しをお与えいただいたことを思い出します.

今気づいたのですが,祖母も長年生活した教会から思いのある娘の元へ行って2ヶ月と数日,祖父は娘の元から長年生活し思いのある教会へ帰ってきて2ヶ月と数日,どちらも家族の懸命な介護と世話のもと出直しのときを迎えさせていただいております.どちらも2ヶ月余りというのが不思議なもので,祖父母は誕生日も1日違いというおしどり夫婦でしたから,最後まで似たような道を辿らせていただいたようです.祖母にとっては年中娘のことを心配していたので,祖母の思いがかなう形で最後のときを迎えられたのだと思いますし,祖父にとっては初代会長として信仰初代で築き上げた教会で自身の思いがかなう形で最後のときを迎えられたのだと思います.よくよく本当にありがたいご守護をお与えいただいたなぁと思います.

父が出直し,祖母が出直し,(チャコが出直し,)祖父が出直し,家族がこの5年でぐんと減ってしまいましたが,ふしから芽が出るというお言葉があるように,このふしを成人の機会として歩ませていただきたいと思います.

昨年も書きましたが,うちの教会の信仰は祖母より始まっています.祖母の10歳近く離れた兄がお道を信仰をしていて,その後祖母がお引き寄せに合い,続いて祖父ににをいがかかり,現在その環境で育った子どもたちはそれぞれが教会でつとめさせていただいております.

祖母がお道にお引き寄せられることがなければ,私たちはこの素晴らしい教えの下で育つことはなかったのですから,本当に祖母への感謝を忘れてはいけないと思います.この教えの下で育つことがなかったら,きっと今の私とは違った性格の私に育っていたでしょう.今の私があるのは,お道の教えの中で育ってきたからであり,それは私たち兄弟が育った教会の礎をつくった祖父母によるものでもあります.御霊となった現在も,教会のお社にとどまり,私たちと教会を見守り続けていることと思います.これからは祖父も一緒に・・・.

似たような内容ですが未読の方は以下も閲覧ください.
祖母の命日

今日も・・・ 

今日は風が強くて電車が運転見合わせになり大変でした.これは朝から夕方まで続き人々を悩ませたと思います.私も例外ではありません.用があって出かけたのですがかなり交通麻痺の影響を受けました.

例年の台風ほど風は強くないように思われましたがなぜ電車がほとんど運休になったのかわかりません.しかし,ユーザーの安全確保ということを考えたときに安全に運転できない状況であれば運転を休止するという選択は今の時代に合った選択とも言えるので了解できます.やはり安全確保を第一に考えるので私が車掌であっても強風で運転に支障があるのであれば運休を願うと思います.よって鉄道会社の判断も正しいと思います.もちろんその選択によって予定が滞りなく進まないということもありますが・・・.そんなわけでなかなか大変な一日でした.

先ほど帰宅し入浴を済ませたのでもう寝ます.明日からまた一週間がんばります.

「おざなり」と「なおざり」 

ふと「おざなり」と「なおざり」ってどう違うのだろうと思い,ネットで検索してみました.

なんと素晴らしいページに出会いました.
NHK放送文化研究所内のページです.以下引用します.

Q. 「おざなり」と「なおざり」とは、どう違うのでしょうか?

A. 現代語として考えた場合、両方に共通している部分は、「いい加減な対応だ」ということです。そして異なるのは、「おざなり」は「いい加減ではあるにせよ、何らかの対応をする」のに対して、「なおざり」は「多くの場合、何の対応もしない」という点にある、と言うことができます。


【解説】
 まず、それぞれの語源について見てみましょう。
 「おざなり」は、「御座(敷)の形<なり>」を縮めたものです。このことばは19世紀初めには使われ始めていますが、宴会の席(御座敷)などで表面的に形ばかりを取り繕った言動のことを指したものと推測されます。
 いっぽう「なおざり」はもう少し歴史の古いことばで、10世紀には使用例が見られます。このことばの語源にはいくつか説があるのですが、その1つに「なほ(直・猶)+さり(去)」というものがあります。「なほ」は「そのまま何もせずにいること」、「去り」は「遠ざける」という意味がありますから、ここから想像すると「なおざり」は「何もしないで距離を置いておく(放っておく)」というのが出発点だった、と言えるかもしれません。
 次に、現代語での話として考えてみましょう。

  教育を[おざなり/なおざり]にする。

 「おざなり」の場合は、いい加減ではあってもひとまず教育をする、という意味になります。いっぽう「なおざり」の場合は、教育らしきことはほとんど何もしない、という意味になります。
 また、文の形を少し変えるとどうなるでしょうか。

  [○おざなり/×なおざり]な教育をする。

 この文の場合、前者は「いい加減な教育を施す」ということで問題はありませんが、後者は「何もしないという教育を施す」ということになってしまい、意味が通りません。
 このような日本語の区別は、どうか「おざなり」にも、「なおざり」にもしないでくださいね。


私はどちらかが間違った日本語なのだろう?くらいにしか思っていませんでしたので目からうろこでした.いや日本語って奥が深いですね.

スライドショーを通して 

プロトタイプですが,職場のデイケアのスタッフ何人かに見てもらいました.

なかなか評判がよく嬉しかったです.特に私の1つ下のスタッフが感動して涙してくれましてそれが何よりありがたかったです.祖父をまったくといっていいほど知らないのに在りし日の祖父の姿を見て心を動かされたことが私にとってはありがたく嬉しく思いました.

人は生かされているときのみならず,姿を隠してもなお人の心を動かすということを改めて実感しました.それは写真だったり手紙だったり映像だったり思い出話や逸話だったりと様々です.生身の身体はなくとも,ひとりの人間のいのちは形を変えて宿り,他者の人生の様々な局面で感動を与えてくれるのだと思いました.

祖父は私の心の中では今なお私にメッセージを送り続けてくれています.父も祖母も同様です.私がそのチャンネルに合わせなければ気づくことはないのに不思議と親々の思いは私の心に届き人生の道しるべとなってくれる気がします.その道を歩んでいくことが私の進むべき道なのかもしれません.姿なくとも残された思い,こぼさず運んでいきたいと思いました.

スライドショー作成 

昨日からですが,50日祭に向けて祖父のスライドショーを作成中です.祖父を偲んでお清めのときに流そうと考えています.

昔の写真でめぼしいのを見つけてはスキャナーでPCに取り込み,フォトストーリー3で編集という作業です.フリーソフトながらそれなりのものが作れます.私も作るのは初めてですので試行錯誤しながらやっています.ざっとプロトタイプができたのですが,残念ながらここでお見せすることはできません.

初代会長の85年の人生の追憶を6~7分ほどで送るわけですが,写真だけでなくそこにメッセージも載せられるので,私のコメントが1枚1枚ついています.納得のいく作品ができるといいと思います.

ほめること 

ほめることは大事なことです.ほめることは相手のことを認めること,「相手のしたこと,言ったことに対して」「その人がしたこと,言ったこととして認める」というところからはじまります.

例えば,小さな子どもが片付けを一人でやったら,大人はほめますよね.「すごいねー」「エライねー」「よくできたねー」というような声かけができるでしょう.ところが,ライバルが成功を収めたとき,心から喜んでほめることができる人はどれくらいいるでしょうか.表面的には,「すごいやんか」「おめでとう」と声をかけていても,心底そう思って声をかけられる人は意外と多くないかもしれません.それは相手のことを認められなくなっているからだと思います.「その人が」という視点がここでは大事なのですが,その人が今まで取り組んでた課題に対して成果を出したのなら,それは本質的には,あるいは絶対評価的には喜ばしいことなのです.その人がしたこととして喜んでほめてあげればいいのです.しかし,人はそこで相対的な評価を入れてしまうことがあるのです.「自分にはできないのに・・・」「うちの子はまだなのに・・・」と.賞賛に値する相手の行いに対して,素直にほめることができないとしたら,そこには絶対評価を相対評価にしてしまった個人的感情が背後に潜んでいると言っていいでしょう.

自分が相手を素直にほめられないときがあったら,そこには相手を「にくい」と思う感情があったり,相手に「うらみ」を感じてしまったり,自分と比較して「はらだち」を感じていたり,自分の優勢が危うくなるのを心配する「こうまん」さがあったりと,お道の言葉で言えば八つのほこりにもつながる気持ちが潜んでいる可能性があるのです.そういう気持ちに気付くことができたとき,人は自分自身の気持ちを改め,さらなる心の成長の機会を得たことになるのです.

相手をほめられないとき,何でかな?と考えてみてください.ほめることの原点は「相手のしたこと,言ったことに対して」「その人がしたこと,言ったこととして認める」ことです.自分がどうであるかは関係ないのです.これができないと難癖をつけたり,皮肉を言ったり,あげ足をとりたくなります.

ちなみに「相手のこと」を超えて「自分のこと」のように喜べる人は,もう1つ上の次元に達していると考えていいでしょうか.お道で目指す生き方は人が喜ぶ姿を見て共に喜ばせていただく通り方ですから,なかなか難しい通り方ですね.日々心がけたいものです.

月次祭 

080217.jpg今日は月次祭でした.

何人か参拝に来られる予定の方が都合が悪くなって来られないということがありましたが,それでも12人で結構につとめさせていただきました.

講話の先生がいませんでしたので,会長の挨拶の後,人前で話す練習に感話ということで私が15分ほどお話させていただきました.講義もやっていますが,人前で話すのが苦手なのでやはり言いたいことを全くうまく伝えられませんでした.人にわかりやすくものを伝えるって本当に難しいです.そしていつも講話をしてくださる上級会長さんを改めてすごいと思いました.明らかに分かっていることですが未熟すぎです.何事も自分自身の心の糧になるように感じ,考えながらがんばりたいと思います.今日はダメだったけどいい経験をさせていただきました.

月次祭準備 

080216.jpg昨日今日と仕事終了後,お供え物を買って帰りました.
帰宅後,調餞をしました.

今月のお供え物は大根,白菜,たまねぎ,じゃがいも,ほうれん草,春菊,キャベツ,りんご,いよかん,パイナップル,スウィーティーです.

明日は月次祭,勇んでつとめさせていただきます.

ところで今日は午後から末弟が廊下の床を修繕してくれましてまだ途中ですがかなりきれいに仕上がってきています.さすが大工です.祖父が寸法を大して計らずに作ってある家なのでかなり修繕にも苦戦しているようですが,ほんとありがたいです.教会を末弟が修繕することは父も祖父も楽しみにしていたことです.喜んでいることでしょう.まだ若いですが立派な大工になってほしいと思います.

世界がもし100人の村だったら(引用) 

鯉太郎さんの「鯉太郎 心 ころころ」で読んだ記事を是非多くの人に見てもらいたいと思ったので丸ごと引用させていただきます.

「世界がもし100人の村だったら」という世界の縮図は私たちに多くのことを気付かせてくれます.どんなに便利で世界各地で使われている優秀な地図帳を開いても載っていない素晴らしいメッセージがありました.狭い視野しか持たないで生活していると,本当に些細なことで私たちは心に不足を抱きますが,今この生活を送れていることがどんなに恵まれていることか,以下の記事を読めばわかることでしょう.

「世界がもし100人の村だったら」

もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性です
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません

50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています


もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。

もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。

もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。

もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。

もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。

もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。

昔の人がこう言いました。わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。
お金に執着することなく、喜んで働きましょう。
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。
誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。
誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。
あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。


初等教育の社会の地図帳にも是非,鳥瞰図としての目で見る縮図だけでなく,私たちがいかに恵まれているか,いかにそのことに感謝する必要があるかを心で触れる縮図を載せてほしいものです.鯉太郎さんよい記事をありがとうございました.

消防団入隊 

4月より地元の地区の消防団に入ることになりました.
欠員が出たようでわがやに白羽の矢が立ったのでした.どうしようか迷いましたが父も通った道ですのでやらせていただくことにしました.

家のすぐ前が分団詰所ですので,夜,説明を聞きに行ってきました.
最年長の人が私の父を知っていまして,父のことを先生と呼んでいました.お泊り会やこどもおぢば帰りにも度々参加したことがあり,私のおしめも換えたことがあるとのことでした.

任命は4月からです.仕事に教会と他のつとめとのバランスをとりながらやりたいと思います.集まりは月に1度くらいらしいのでなんとかこなしていけそうです.

まだ風邪 

のどはだいたいよくなりましたが鼻づまりがまだあります。
寒くて朝方服を1枚重ね着したので今日はすでに装着しています。万全…とは言えませんがおやすみなさい。

風邪薬の処方 

今日は1日マスクをしてました.
風邪が治らないので先生に風邪薬を処方してもらいました.

病院で働いているとこういうとき便利だなぁと思うのですが,調剤薬局に薬の在庫さえあれば何でも処方してもらえるのです.いつだかビタミン剤を処方してもらったことがありましたし,この前も塗り薬を処方してもらいました.

しかも診察料はかからないので薬代だけでいいわけです.夕方薬が届いたらお金を払うだけですので待ち時間もありません.まぁ検査はできませんが,ちょっとした病気で薬がほしいときなどには非常に便利です.

というわけで薬も飲みましたし今日も早く寝ます.おやすみなさい.

風邪でダウン気味 

昨日から風邪でダウン気味です.今日も1日安静にしていました.
私は扁桃腺肥大なのでいつも喉からやられるのです.今回もそうでした.今日も喉が痛いです.
今週は土曜まで休みがありませんし,とりあえず早く治るようもう寝ます.
皆さんも風邪には気をつけてください.

祖父の夢 

一昨晩,祖父の夢を見たのですが見たという感覚だけで何も覚えていませんでした.しかし,昨晩も祖父が出てきまして,それはぼんやりとですが覚えていました.

場面は2つくらいあって,1つは家の部屋からトイレに行くところで,何かブツブツ怒っていました.
もう1つの場面は外でして,祖父が「おなかすいたなぁ」と言って,食事の前にトイレに連れていったのですが,よく見ると背中が曲がっていないのですが入れ歯をしていなくて口がしわしわでなんか祖父っぽくなかったです.

それでも祖父の夢を見てよかったなぁと思いました.また出てきてほしいです.父や祖母とのコラボレーションなんかもいいですね.

雑用 

今日は葬儀屋への支払い,祖父の遺品の整理,市役所や電気屋や郵便局へ足を運んだりと事後処理に1日費やしました.

祖父がいなくなったことを実感する作業でした.

代行サービス会社 

Acting Agent Serviceという代行サービス会社を偶然見つけまして,読んでいると

論文代筆、代行
卒論1文字\8 納期は応相談


とあります.1文字8円って・・・
卒論レベルで20000字*8円=16万円,修論レベルで40000字*8円で32万円・・・.

うーん,どこから取り組んでくれるのかがわからないのでなんとも言えませんがこれってけっこう安いのではないでしょうか?少なくとも32万円以上の実働時間はかかる気がします.もっと苦痛ですよ,論文は.ということは,最初からではなくて,きっと,データとか文献を集めるのは本人でそれをまとめる執筆の代行だけなんでしょうね.それなら・・・いや,それでも悩みます.やはりこういうのは自分で取り組むのが一番ですね,はい.

それと,ブログ執筆のモチベーションが現在少し落ちているようです.色々な疲れもあるのだと思いますが,しばらくお道や心理学の記事は書く気力がないかもしれません.無理のない程度にやります.

眠くて眠くて 

最近,眠くて眠くて仕方ありません.毎日6~8時間は寝ていますし,休日は9時間くらい寝たのですが,眠いのです.たまっていた疲れが出ているのかもしれませんが,本当に眠くて昨日も10時には寝ました.仕事中も眠くて大変です.

とにかく眠くて,眠れないことに比べたらありがたいのですが,祖父がいたらこれだけ毎日眠れるということはありませんのでなんだか複雑です.

そういえばまだ祖父の夢は見ていませんね.そろそろ出てきてもいい頃なんですけどね.

皆様へ 

はなまるさん,てんちゃんさん,紬さん,haftarさん,IZAMUさん,しきさん,yoshiさん,りなさん,コメントどうもありがとうございました.

祖父が出直したことは本当に悲しいですが,それでも苦しまずに眠ったまま出直しのときを迎えることができて,よかったと思っています.お世話をさせていただくのは大変だと感じることももちろんありましたが,祖父の涙が物語っていたように,祖父はずっと過ごしたかったであろう教会で,家族に介護してもらい,喜んで出直していったと思いたいです.

親神様が迎えとったわけですから,きっとこの節にも喜びの芽があるはず.だとすれば,祖父が望む最期に喜びを提供することが私たちにとっての喜びですから,きっとその思いはかなったのだろうと思います.悔いがないとは言いません.正直,悔いはありますが,その悔いはこれからの道で悔いのないように生かしていきたいです.

父や祖母が(もちろんチャコも)そうであるように,折に触れて,また祖父が生きていたそのときを懐古することがあると思いますが,そのときだけでなく,日頃より初代である祖父の思いを忘れずに日々を過ごしていきたいと思います.

またチェーン 

昨日はけっこう雪が降りました.明日はきっとやばいぞと思い,午後チェーンを装着しました.今回は手際よくできました.夕方には雪はほとんど止んでいまして,次弟を駅まで迎えにいったのですが,チェーン車ででかけるとガシャガシャうるさいし道路にそんなに雪がありませんでしたので,結局次弟の車で迎えにいきました.

今朝,路面は凍結していたのですが,チェーンをつけて走るほどではないと思ったので外して出勤しました.1度スリップしましたが無事職場まで着きました(10分遅刻).

前回と合わせて2回もチェーンをまいたのに結局1回も役に立っていない・・・なんか悔しいです.雪は嫌だけどなんか悔しいです.わかりますか?


関連記事になりますので未読の方は以下も閲覧ください.
はじめてのチェーン
役立たずチェーン

初代会長の出直し(3) 

未読の方はまず以下を閲覧ください.
初代会長の出直し(1)
初代会長の出直し(2)

29日は告別式.祖父の身体ともお別れです.
11時より始まりました.玉串の途中で私が親族を代表して弔辞をあげました.読む前からもう涙が溢れて読めないかと思われましたが泣きながらもなんとか最後まで読むことができました.ほんとこういうとき泣いてばっかなんです・・・.親しみを込めて敬体でなく話し言葉で語りかけるように書きました.

じいちゃんへ

85年という長い間お疲れ様.食べれなくなってからわずか数日でのことだったので,本当に驚いたし,残念だった.できる限りのことはしたという思いもあったけど,やっぱり悔いもあった.でも,じいちゃんにとってはロシアの捕虜生活からない命をいただいて生還して60余年,十分に生きたという感じだったのかもしれないね.あるいはもっと長生きしたかったのかな.僕の思いとしては,もっと生きてほしかったというのがあったけど,こうして迎えとりのときが訪れたというのも親神様が決めたことだったんだろうから,十分に生きてお疲れ様というのが僕がじいちゃんに送りたい言葉.

だけど今日,こうしてじいちゃんに別れを告げる時を迎えることは,やっぱり僕たちにとってとても悲しいことだし,まだじいちゃんがいなくなったなんて信じられない.部屋をのぞいては兄弟と「おじ~いちゃん」と呼ぶ日がしばらく続きそう.

11月23日におばさんのところから教会に帰ってきて2ヶ月,お世話をさせてもらった僕たちにとっては大変なこともあったけれど,じいちゃんは人生の最後を自分の家で過ごすことができて本当に嬉しかったろうね.「ありがたいなぁ.孫たちにこんなにしてもらって俺は幸せ者だなぁ」と泣いている姿を見たときは僕らもよかったなぁと思ったし,それでなくとも,じいちゃんに育ててもらった恩返しとなるお世話を最後にできて,本当によかったと思っているよ.

突然の父さんの出直し,3年後にばあちゃんの出直しと,この数年じいちゃんにとってもつらいことの連続だったかもしれないけど,喜びもその分あったんじゃないかな.娘のおばさんのところで教会の皆に親切にしてもらい,最後はじいちゃんの思いのあった教会に帰ってきて,自身の負荷を顧みない母さんと,じいちゃんばあちゃんのためにと介護福祉士になった次弟に手厚く介護してもらい,出直しのときにも僕は間に合わなかったけど一番じいちゃん子で熱心に面倒を見てくれた次弟に看取ってもらって,本当に幸せな老後だったんじゃないかな.いい顔してたもんね.僕にとってはじいちゃんが喜んでくれたのならそれが何より嬉しいよ.

僕たちが小さい頃は,ありえないほど孫たちに厳しく,怖かったじいちゃんだけど,じいちゃんにしぼられたおかげで多少のことではへこたれない根性が身についたし,怖かった分晩年穏やかになっていくじいちゃんの成長が僕らの楽しみでもあったよ.じいちゃんもずっとそれぞれの孫の成長をいつも楽しみにしてくれていたね.

教会が今こうしてあるのはじいちゃんが初代会長として長い間熱心にお道の教えを周囲に伝えてくれた礎があるおかげ.またじいちゃんなくして子どもや孫の存在はありえないのだから,じいちゃんへの感謝を忘れずにこれからもじいちゃんが残していったこの分教会を会長さんと兄弟で助け合って守っていくよ.

だから,御霊として僕たちを見守っていてください.そして85年間お疲れ様でした.ゆっくり休んでまた新しい身体を借りて帰ってきてください.

親族代表 まお



式次第が終了後,生花を皆で棺に入れてあげて教会での最後のお別れとなりました.もう祖父の姿を見れないと思うと悲しくて涙がとめどなく溢れました.祖父の弟に親族代表挨拶をしてもらいました.「人のために尽くせ」というのが家訓だったと言っていました.祖父の兄弟でお道を信仰しているのは祖父だけですが,それぞれの立場で家訓を胸に生きてきたのだと思います.

祖父の遺影は私が持ち,霊柩車に乗っていきました.火葬場につき,本当に最後のお別れがやってきました.何度も泣いたはずなのにまだ流れ落ちる涙,家族を失う悲しみは何度味わってもつらいものです.

遺骨を拾ったあとは,私が骨壷を持ち会長が遺影を持って教会に帰りました.すぐ十日祭をしておしのぎとなりました.組合や斉官,親戚などにお礼のお酌に回るのに忙しかったです.すべて終わると,どっと疲れましたが,祖父の葬儀を滞りなく立派にやり終えることができて本当にありがたかったです.

葬儀を一通り終えた現在でも祖父に対しての色々な思いがありますが,それはおいおい綴っていきたいと思います.ただ,私が感じたことはおおまかには弔辞に集約されているように思いますし,今しばらくは私にも休息が必要です.ゆっくり心身を休めながら祖父を回想していきたいと思います.それが私のモーニングワークです.

祖父の誕生日 

080202.jpg今日は祖父の誕生日です.もし生きていれば今日で86歳を迎えます.(ちなみに昨日は祖母の誕生日でした)

1月後半より祖父の誕生日には,好きな食べ物をたくさん食べさせてあげるのが一番喜ぶかなぁと思って何にしようかと考えていたのですが,それは実らぬこととなってしまいました.もう少し生きてほしかったとやはり事ある度に思います.そして,そう思うことはとても自然なことです.十分尽くしたからあれでよかったと思えるのも満足のいく看取りができたということでいいのかもしれませんが,私にはどこか寂しく思えます.どれだけやっても思いが残る,残るから忘れずにいられる,残るから次のステージへの成人につながるということもあるように思います.

さて,今日という日は祖父が86年前の大正11年2月2日に生を受けた教会と私たち家族にとってはとてもありがたい日でありますので,今日は祖父の好きな食べ物を買って帰って御霊様にお供えさせていただきました.できれば生きて今日という日を迎えてほしかったですね.うなぎはめったに買えませんが,食欲のないときなどは買って食べさせたこともありました.そして,せっかくなので私たちも同様のものをおいしくいただきました.

初代会長の出直し(2) 

未読の方はまず以下を閲覧ください.
初代会長の出直し(1)

遷霊祭は翌28日,告別式は29日に決まりました.

祖父には孫が14人います.長女であるおばの教会に5人,長男である父の教会に5人,次男であるおじの教会に4人と全部で14人です.父の葬儀のときも祖母の葬儀のときも14人揃ったことはありませんでしたが,今回はじめて孫14人が全員そろいました.それに加えて長兄が結婚しているのでその嫁さんと,おじの長女が結婚しているので旦那さんと息子が2人,総勢18人の若者が集まりました.

27日~28日は祖父の部屋をのぞく度に「おじ~いちゃん」と声をかけていました.今回教会にいる間,祖父が「おば~あちゃん」とか「おか~あさん」と呼ぶことがあったので,私たちもそれを真似て祖父を「おじ~いちゃん」と呼んでいたのでした.ついちょっと前のことですが,それらが妙に懐かしく感じられました.2度と取り戻せない時間・・・しかし,それは同時に2度と失われない時間でもあります.

28日午後4時,納棺のときがやってきました.皆で顔や手を拭いてあげて孫たちで祖父を棺に入れてあげました.自然と頬を流れる涙が余計に悲しみを誘いました.

6時より遷霊祭,祖父のことを考えるだけで泣きそうでした.祖父の兄弟も何人か来てくれました.昨年8月にお墓参りに行った際に会った祖父の長兄も来ていました.あのとき「兄貴より先に逝くんじゃねーぞ」と言われていましたが,祖父は先に出直してしまいました.昨年のお墓参りの出来事が懐かしいです.

玉串をあげ終わったあとは,私は会長と教会の玄関口で玉串をあげてくださる人にひたすら挨拶をしていました.あらかた片付いた後,残った人たち(ほとんど親戚,信者さん数人)でまた祖父の棺の前で食事をしました.孫が14人いるとさすがに賑やかですね.上は30歳,下は19歳です.男が11人,女が3人.結婚しているのはまだ2人.先が楽しみです.祖父が生きている間にこうして集まれるとよかったのでしょうが,その機会はありませんでした.皮肉なもので弔事でもないとなかなか全員は揃いません.

私もずっと神殿で皆と談じ合っていたかったのですが,告別式の親族代表の弔辞を考えねばならず途中で退席し,文面を考えていました.終えたらまた参加しようと思っていたのですが,そのままパソコンの前で寝てしまったらしく,起きると3時前でした.よし,飲むぞ!と思って神殿に行くともう皆寝るところで私も断念して寝ました・・・.かなり残念でした.

(つづく)
初代会長の出直し(3)
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