お道と臨床と~心づくりのたね~

お道(天理教)と臨床心理学の視点を含めて,まおという人間が考える日々の通り方や考え方について綴っています.日記風なこともわりとあります.

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

親神に引き合わせられし縁 

未読の方は以下を閲覧ください.
引き受ける心
共に苦労を
飾らない心で
老いては目となり杖となり

4日にわたり,結婚観について述べてきました.条件を満たしてもなお,あるいはどんなに互いが望んでも伴侶として連れ添えない場合もあると思います.そこで,悲しい経験をされた方もいると思います.

なぜこうしたことが起こるのでしょうか?それは神の思惑なので私たち人間が簡単に知ることはできませんが,お互いの成長を期待されてのことかもしれませんし,お互いの役目を終えてのことかもしれません.前者の場合は再度引き合わせいただくこともあるでしょう.

つまり,最後は神様が引き合わせくださるものです.人と人の縁は自分で切り開いていける部分もありますが,最後は親神様です.親神様はそれぞれの徳分にふさわしい相手を授けてくださいます.ですから,引き合うのも縁,離れていくのもまた縁,再びつながっていくのも縁です.その時々にそれぞれの生き方に合った相手に出会えることと思います.ですから,仮に今離れたからといってそれは永遠ではありません.(関連記事;人と人の縁

また,互いに合った相手であっても縁が紡がれるまでには容易ではない道を歩まねばならない場合もあるでしょう.しかし,それも互いの成人,互いの家族の成人のための道を神様が用意してくださったのかもしれません.どんな道であってもそこには何らかの神様の思いがあるはずですので,その時々の出会いを喜んで日々を歩んでいくことは大切なことです.

人と人の縁は親神様が引き合わせし縁,各々の通り方によっていかようにも変わっていくものです.いずれ訪れる契りの縁のために,今を精一杯つとめさせていただき,己の徳の器を広げていくことが肝要かと思います.
関連記事
スポンサーサイト
そうですね~結局、みんな親神様に引き合わされて出会い、その後も、
親神様がいいようにしてくださるのでしょうね。
まおさんの言う通り、今は己の徳の器を広げていくことが肝要だと思います.
まさに「心ひとつが我がの理」ですね♪
最近しっかり学んでますよ~まおさんのブログを通して学ぶことが多いです。
これからもコメントしますね!
[ 2007/06/04 22:16 ] [ 編集 ]
縁っていうのは、不思議なものです。
ダンナはんと、出会ったのが、13年前、なんでも喋れる仲のいい飲み友達でした。
結婚したのは、その4年後…
今では、すっかり家族になっています。
ケンカもせずにきています。
めちゃありがたいです。
まおさんも、いい方にめぐり合えるの、楽しみですね。
[ 2007/06/05 00:30 ] [ 編集 ]
>あいこさん
私は「神様がいいようにしてくださる」という表現が好きです.
私のブログは最近はお道の記事相当減ってしまっていますが,頑張って続けようと思います.

>しきさん
友達が家族に変わるというのはよく考えたら不思議なものですね.血のつながりはないけど神様の選んでくださった縁によってつながっているというのはとても大きなことのように思います.しきさんは仲良し夫婦でほんとありがたいですね.
[ 2007/06/05 08:32 ] [ 編集 ]
1:創造主(親神様)は、最初に魚と蛇のハーフを作る?話からきになって・・・・。

人類の誕生が、その魚と蛇からスタートということであって、生命(うなぎやフナ)誕生はもっと前という話ですか?

うなぎやフナが既にいた理由が気になります。

続く
[ 2007/10/25 14:05 ] [ 編集 ]
まず。私の解釈ですけど。

親神様が女雛形にした約束。
「子数の年限が・・・・・(略)神として・・・・」のところ。

創造主は、今ここから始まる(魚と蛇から始まる)人間社会について、ある程度、未来予測がなされていたとして・・・・。↓

人間は言語で物事を伝える=魂的な会話は出来ない社会になっている。
(と、未来予測したとして)

つまり、後の世で創造主の存在を知らしめる為には、「通訳」が必要。と判断したとして、事前にこの因縁ある魂を1つつくり、「通訳になってもらう代わりに、神として崇められる存在にする」ことを約束されたわけですよね?(という私の発想)

となると・・・・天理の神殿は、因縁あるその魂(=約束で崇められる存在にしてもらった魂)が、
「始まりの地」を「家」として、とどまっておられるわけですから、

天理教の信者さんたちは、始まりの地と「因縁ある(女雛形の)魂」(「崇められなければ約束が違う!」ってなる)に対して毎日参拝に来て、

舞を舞って行事して・・・という事を年中やってるわけですよね?

と考えると・・・。

天の理は重要で、心に留めておきたい(おくべき)ものですが、

参拝の意味がまだ理解できません。

別席を9回受けてなお 

さっぱり判らず困っています。

24後半で天理教を知り現在25前半・・・・このおよそ1年で、まだまだ聞きたい事が山ほどあるのに、
聞き方もわかりません。苦笑

それぐらい 初歩です・・・・
[ 2007/10/25 15:00 ] [ 編集 ]
EVAさん,コメントありがとうございます.嬉しく思います.
教典の第3章元の理を読むとそうなりますね.「うなぎやフナが既にいた理由」ですが,私もわかりません.別に理由はいらない気もします.それよりも人間がいなくて味気なく思って共に楽しもうと人間を創られたということが重要なのだと思います.そこに陽気ぐらしの意義があるわけですから.
参拝の意味ですが,親神様,そして親神様が授けた十柱の神様(十全の守護)の働きによって日々生かされていることに感謝することではないでしょうか?私はEVAさんが考えていたようなことをあまり考えたことありませんでした.「今日も私(たち)は生かされている,だから神様にお礼申し上げよう」としか考えていません.

なので,せっかくご質問いただいたのに申し訳ありませんが,未熟な今の私にはEVAさんに答えとして与えられるものはないようです.恥ずかしながら私は細かな教理はまだ学びきっておりません.

リンクにある「九つここまで」や「鯉太郎の心ころころ」は教会長さんのブログですので,よろしければそちらでも聞いてみてください.あるいは,差し支えなければEVAさんのその疑問自体を後日記事として取り上げ,道の先輩方に考えを伺ってみようかとも思います.いかがでしょうか?
[ 2007/10/26 22:16 ] [ 編集 ]
ほかにも知りたいことがありまして。

女雛形以外の魂は まだ 輪廻回帰(転生)を繰り返しているわけですよねぇ?

で、 「古事記」と「聖書」の出だしで、表現は違いますが、

「何もない(陸の無い光の無い)ところから、人間を創造された内容が記されています。」

あれを読んで、思ったのが、

女雛形以外の魂はこれらの書物が出来た当時、現世に何回目かの転生をした時で、魂の記憶から、
あの泥海から始まる話を表記したのでは?と思ったのです。

しかしながら、彼らが創造主と接触したのは、そのときだけ。ゆえに 、人類の誕生以外は、物語にしかできなかったわけです。

聖書の場合。おそらくコンスタンティヌス帝が行った会議(聖書を作る会議?)でいたメンバーの中に、女雛形以外の魂の生まれ変わりがいたのでは?

とかとか 色々考えてしまって止まらないわけです。笑

あ!!つまり。女雛形以外の魂が、まだ 転生を繰り返しているのか聞きたかっただけなのですが。笑

PS:前回のお返事の所の、

「疑問自体を後日記事として取り上げ,道の先輩方に考えを伺ってみようかとも思います.いかがでしょうか?」

のところ。

もし 反感を買う質問でなければ 取り上げてもらえると なにか 
知りたい答えが聞けるとありがたいです。

??文章がおかしかったらすみません。汗汗
[ 2007/10/31 17:06 ] [ 編集 ]
元の理の話とか私あまり詳しくないので,やはり後日記事として取り上げてみますね.
コメントありがとうございました.
[ 2007/11/03 20:53 ] [ 編集 ]
メッセージありがとうございました。

ちなみに、私は趣味のページを2つもっていまして、手作り品の展示ページでは、書き込みが可能となっております。
[ 2007/11/06 11:24 ] [ 編集 ]
先日コメントさせていただきました.今後ともよろしくお願いします.
[ 2007/11/08 08:24 ] [ 編集 ]
書き込みありがとうございました。

追伸:私は「繁藤」所属です。
(旦那さん経由)

[ 2007/11/08 11:03 ] [ 編集 ]
私は所属を明かせませんので,お答えできず申し訳ありません.私信であれば可能ですが・・・.
[ 2007/11/10 08:28 ] [ 編集 ]
自分の疑問解決ページつくってみました。

といっても 自己解決ですけど。笑
[ 2007/11/19 16:38 ] [ 編集 ]
見ました.またボチボチ寄らせていただきます.
[ 2007/11/20 23:25 ] [ 編集 ]
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する
FC2カウンター
最近記事とコメント
気軽にコメントください.
全ての記事+過去ログ

2015年 12月 【4件】
2015年 10月 【2件】
2015年 09月 【2件】
2015年 08月 【3件】
2015年 07月 【2件】
2015年 06月 【1件】
2015年 05月 【1件】
2015年 04月 【2件】
2015年 03月 【4件】
2015年 02月 【1件】
2015年 01月 【3件】
2014年 12月 【3件】
2014年 11月 【1件】
2014年 10月 【3件】
2014年 09月 【2件】
2014年 08月 【2件】
2014年 07月 【1件】
2014年 06月 【1件】
2014年 05月 【3件】
2014年 04月 【2件】
2014年 03月 【2件】
2014年 02月 【3件】
2014年 01月 【2件】
2013年 12月 【3件】
2013年 11月 【2件】
2013年 10月 【1件】
2013年 09月 【2件】
2013年 08月 【3件】
2013年 07月 【2件】
2013年 06月 【2件】
2013年 05月 【4件】
2013年 04月 【4件】
2013年 03月 【2件】
2013年 02月 【1件】
2013年 01月 【5件】
2012年 12月 【3件】
2012年 11月 【3件】
2012年 10月 【3件】
2012年 09月 【2件】
2012年 08月 【5件】
2012年 07月 【4件】
2012年 06月 【2件】
2012年 05月 【4件】
2012年 04月 【6件】
2012年 03月 【9件】
2012年 02月 【9件】
2012年 01月 【12件】
2011年 12月 【15件】
2011年 11月 【10件】
2011年 10月 【13件】
2011年 09月 【10件】
2011年 08月 【12件】
2011年 07月 【14件】
2011年 06月 【12件】
2011年 05月 【17件】
2011年 04月 【38件】
2011年 03月 【41件】
2011年 02月 【42件】
2011年 01月 【20件】
2010年 12月 【18件】
2010年 11月 【15件】
2010年 10月 【12件】
2010年 09月 【14件】
2010年 08月 【11件】
2010年 07月 【11件】
2010年 06月 【14件】
2010年 05月 【21件】
2010年 04月 【14件】
2010年 03月 【19件】
2010年 02月 【16件】
2010年 01月 【15件】
2009年 12月 【16件】
2009年 11月 【16件】
2009年 10月 【15件】
2009年 09月 【19件】
2009年 08月 【17件】
2009年 07月 【15件】
2009年 06月 【18件】
2009年 05月 【20件】
2009年 04月 【17件】
2009年 03月 【15件】
2009年 02月 【14件】
2009年 01月 【23件】
2008年 12月 【22件】
2008年 11月 【16件】
2008年 10月 【23件】
2008年 09月 【22件】
2008年 08月 【20件】
2008年 07月 【28件】
2008年 06月 【23件】
2008年 05月 【20件】
2008年 04月 【30件】
2008年 03月 【28件】
2008年 02月 【26件】
2008年 01月 【27件】
2007年 12月 【24件】
2007年 11月 【27件】
2007年 10月 【34件】
2007年 09月 【28件】
2007年 08月 【31件】
2007年 07月 【30件】
2007年 06月 【30件】
2007年 05月 【33件】
2007年 04月 【35件】
2007年 03月 【45件】
2007年 02月 【37件】
2007年 01月 【39件】
2006年 12月 【36件】
2006年 11月 【27件】
2006年 10月 【37件】
2006年 09月 【24件】
2006年 08月 【20件】
2006年 07月 【16件】
2006年 06月 【21件】
2006年 05月 【13件】
2006年 04月 【6件】
2006年 02月 【5件】
2006年 01月 【6件】
2005年 12月 【9件】
2005年 11月 【5件】
2005年 07月 【1件】
2005年 06月 【2件】
2005年 03月 【2件】
2005年 02月 【4件】
2005年 01月 【12件】
2004年 12月 【9件】

FC2カウンター
現在の閲覧者数:
無料カウンター