「音楽が聞きたかったので集会室に行って音楽をかけたら,集会室にいた人達が皆出ていったんです.私は嫌われているに違いありません.」
ちょっと待ってください.それだけで「私は嫌われている」という信念を持ってしまうことは早計です.その考えが信じるに値するかを十分に検討してからでも遅くはないでしょう.
客観的事実として存在することは,あなたが述べた文章の最初の1文のみです.後の1文はあなたの考えです.それはおわかりですか?だとしたら,本当にあなたが考えた通り皆はあなたを嫌っているのでしょうか?
「私が部屋に入っていったら出ていったのだから,私が嫌だったに違いありません」
なるほど.その考えしか頭になければそう思うしかないでしょうね.別の可能性も考えてみませんか.ちょうど話が一段落して解散するところだったのかもしれません.あるいは,音楽を聞くのにざわざわ話をしていたら迷惑になると思って気を遣って部屋を空けてくれたのかもしれませんよ.そういう経験これまでになかったですか?
最初の考えしかないと,それしか選択肢がないのですから100%その考えを信じざるを得ませんが,今の2つは可能性として考えられることではありませんか?その2つを加えると,選択肢は3つになるので,あなたが嫌われているという可能性は確率論的には33.3%に減少します.ということは,嫌われていない確率は66.6%あるのですよ.これは嫌われていると信じるに足りる値でしょうか.
騙されていると感じる方もいるかもしれませんが,うまくその人に沁みることもあります.
出来ることなら、そうしたネガティブに捉えてしまう“発想そのもの”からなんとか出来ないものでしょうかね。^_^;